黄色い建物の並ぶ、かつて日本人が暮らしていた町「ホイアン」【ベトナム】

※前回の記事→エメラルドグリーンの海に突き出た2000の奇岩、ハロン湾【ベトナム】

「ベトナム」(Vietnam)

美味しい!「フォー」や「ゴイクン(生春巻き)」を食べて。

かわいい!「バッチャン焼き」や「刺繍入りの巾着」など雑貨を買って。

熱気あふれる市場や魅力いっぱいのお店を歩き、風光明媚な風景を眺めて、風情満点の街をめぐるベトナムの旅!

今回は、ホイアンです!

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ホイアンの黄色い街並み。ここには昔、1000人以上の日本人が暮らしていました。


ベトナム ホイアンホイアンの黄色い街並み

ベトナム中部にある「ホイアン」、ダナンの南にある古い港町です。

町には赤い瓦屋根、黄色い壁の家々が建ち並んでいます。

ベトナム ホイアン静かなホイアンの街並み

眩しい陽光に照らされた通りはとても静か。こぢんまりとしていて落ち着いた風情を持つ町です。

ここホイアンは世界遺産にも登録されています。

ベトナム ホイアン瓦屋根のホイアンの雑貨屋さん

町の雑貨屋さん。この写真は道の向かいにある「海のシルクロード博物館」から撮りました。

「ホイアン」は16世紀から17世紀にかけて、海のシルクロードの中継地として栄えたそうです。

江戸幕府の貿易禁止令が出されるまでは日本人も数多く来訪し、ホイアンには日本人町が形成されていました。

海のシルクロード博物館では、中継貿易で栄えたホイアンの歴史を知ることができます。

ホイアンの交易範囲は日本、中国からインド、そして、遠くアフリカ、ヨーロッパにまで及んでいたといいます。当時のホイアンは世界中の商人たちが集う重要な国際貿易都市でした。

エジプトのカイロの遺跡からは、当時の日本陶器の破片が発見されているそうです。 これは、日本の文物がホイアンを中継してアラビア世界にまで達していたという証です。

ベトナム ホイアンクアンコン廟

現在のホイアンには中国系の人々が多く居住しています。街中には中国寺院が幾つもあります。これはその中のひとつ、クアンコン廟。三国志の関羽を祀った関帝廟です。

ベトナム ホイアン参拝の熱気溢れるクアンコン廟の内部

豪勢な建物の造り、寺院は人々の参拝の熱気で溢れていました。

現在のベトナムにおける、中国人の影響力の強さが垣間見えます。

ベトナム ホイアンチャンフー77の家

中国と並び当時の一大勢力だった日本は今や見る影もありません。

鎖国により大勢が帰国し、とどまった人々も次第にベトナム人や華僑に同化していったのでしょう。

それでも町を歩いていると、当時の日本人が住んでいた家や建造物をあちこちで発見することができます。

そのうちのひとつ、「チャンフー77」の家に入りました。ここは現在、ベトナム人の一家が住んでいる家ですが、400年前の当時、海を渡ってきた日本人が暮らしていたのだそうです。

観光客もお金を払うと、自由に家の中を見ることができます。

家の中では、趣のある中庭で老婦人が家仕事をしていました。

ベトナム ホイアン日本人橋

中国人街と日本人街の境には、町のメインのモニュメントとなっている建造物があります。「日本人橋」です。

日本人橋は美しい屋根つきのアーチ橋で、中には祠があり、お犬様が奉られていました。

立派な橋ですよね。

ベトナム ホイアンホイアンの田園地帯

ホイアンの町を抜け、しばらく歩いていると一面の田園地帯に出ます。

私は田園の中にあるという日本人の墓を見るため、緑の海を歩いていきました。

ベトナム ホイアン農作業をする人々と牛

ベトナム ホイアン一面に広がる水田

ベトナム ホイアン農作業をする人々

時折吹く風が、一斉に鮮やかな緑の田園を揺らします。まるでビロードの絨毯を敷き詰めたような風景。

所々に農作業をしている人の姿が見えました。編み笠を被った人々が稲に水をやったり、手入れをしたりしています。

ベトナムの豊かな田園風景です。

ベトナム ホイアン谷弥次郎兵衛の墓

ベトナム ホイアン墓に建てられていた墓碑

しばらく歩き続けると田園の片隅にそれはありました。

谷弥次郎兵衛という碑銘。そして、入り口には解説が書かれています。

ホイアンの日本人町で暮らしていた谷弥次郎兵衛。彼は幕府の貿易禁止令により日本に帰国した。しかし、遠くホイアンに残した恋人に会うため再び出国。その途上倒れたのだという。この墓碑はその昔、日本人とベトナム人が共に暮らし、生きていたことの証である。

そんなことが書かれていました。

ベトナム ホイアン水田地帯の池にいたあひるの群れ

私は誰もいない墓の前に腰を降ろしました。

しんと静まり返った風景。美しい緑の田園はそよ風に波打っています。

遠くに編み笠を被り、牛を引く人の姿が見えます。空は抜けるように青く、時折通り過ぎる雲がまぶしい太陽の光を遮っていきます。

墓は静かにそこにありました。

このホイアンの地に昔、日本人が暮らし、働き、恋をし、日々を過ごしていたこと。日本の文物が彼らによって遥か西方まで伝わっていたこと。連綿と続く歴史。いつの世も変わらない人々の思い。

私は緑の波を眺めながら深い感慨にふけり、いつまでもそこに座っていました。

ベトナム ホイアン水田と牛

※次の記事→緑の中に佇むレンガ色の遺跡「ミーソン聖域」(世界遺産)【ベトナム】

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