「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」民主化を成し遂げたその激動の半生【映画】

ザ・レイディ アウンサンスーチー

軍事政権が長く続いたビルマ(現ミャンマー)は今、民主化が急速に進展し、国際社会から大きな注目を集めている。そのビルマでかつて「The Lady」と呼ばれていた女性がいる。軍幹部に危険視され、国民が気軽に実名で呼ぶことがはばかられていたためである。彼女の名は、アウンサンスーチー。民主化運動のリーダーであり、その非暴力による民主化と人権回復をめざす闘いを評価され、1991年にアジア女性としては初のノーベル平和賞を受賞した。通算15年という長きにわたる自宅軟禁生活を強いられながらも、揺るがぬ意志を持ち続けた彼女の姿は、ビルマ国民の希望であり、世界中の人びとの心を動かした。軍事政権との苛酷な闘い、民衆を魅了したしなやかで美しい強さ、そして遠く異国の地で引き裂かれ、その死にも立ち会うことが叶わなかったイギリス人の夫との深い愛・・・・・・。激動の半生と知られざる物語がついに描かれる。

The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 パンフレット

2015年11月8日に実施されたビルマ(ミャンマー)の総選挙。

この選挙において、野党「NLD(国民民主連盟)」は圧倒的な得票数により勝利を収め、単独過半数の議席を獲得しました。

ミャンマーは、1962年以来続いていた軍事独裁体制に終止符が打たれることとなったのです。

ミャンマーの民主化の最大の立役者である女性、それが「アウンサンスーチー」(အောင်ဆန်းစုကြည်)です。

彼女はNLDの中心として、1990年の結党以来25年もの長きに渡り、軍事政権と戦い続けてきました。

この映画は、彼女の激動の半生を描いた作品です。

映画では、民主化運動を開始した1988年から2007年の仏教僧による全国デモまでをメインとして描かれています。

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父アウンサン将軍の意思を受け継ぎ、民主主義運動を開始

物語は、アウンサンスーチーの少女時代、1947年のヤンゴンの自宅のシーンから始まります。

少女スーチーに語りかけているのは、スーチーの父であり、その後、ミャンマー建国の父とも呼ばれることとなるアウンサン将軍。

アウンサン将軍は、スーチーにミャンマーの歴史について話して聞かせます。

けれども、50年後、この少女が歴史を動かす人物になろうとは父も娘であるスーチーも知る由もないことでした。

同年の7月、将軍は暗殺され、帰らぬ人となってしまいます。

場面は変わり、1988年のイギリスのオックスフォード。

スーチーはイギリス人の夫と2人の息子と共に幸せに暮らしていました。

しかし、ミャンマーから届いた一本の電話が彼女の運命を変えることとなります。

電話は、ミャンマーに住む母が病に倒れたという内容でした。

帰国し、病院で母の看病にあたるスーチー。

ここでスーチーは衝撃的な場面に遭遇します。

軍事政権の兵隊が、民主主義運動を行う学生たちを無差別に銃撃する様子を目撃してしまうのです。

折しも、ミャンマーでは1990年に40年ぶりの総選挙が予定されており、民主化運動が活発化していました。

1962年以来軍事独裁を続ける軍事政権は、その運動を強硬に弾圧し続けていたのです。

祖国ミャンマーの現状に心を痛めたスーチー。

彼女は民主主義運動を行うことを決意します。そして、スーチーの帰国を聞きつけた民主主義運動家たちとともにNLDを立ち上げることになります。

スーチーは、ヤンゴンで初めて演説を行いました。ヤンゴンの民衆は熱狂的に彼女を迎え入れます。

以後、彼女はミャンマーにとどまり、祖国の民主化に向けて邁進していくこととなるのです。

民主化への強い意志と、夫マイケルの深い愛情

民主化運動を開始したスーチーでしたが、それを心良く思わない軍事政権のネ・ウィン将軍は、NLDへの圧力を強めていきます。

NLDの選挙活動は様々な妨害を受け、夫のマイケルも国外退去を命じられてしまいます。

映画のハイライトのひとつが、スーチーに銃口が向けられる場面です。

集会の禁止という軍の決定を押し切って演説を行うスーチーに軍事政権の兵士が銃を向けたのです。

しかし、スーチーは、少しも怯まず、「撃ってみなさい!」と言わんばかりの毅然とした態度で銃口に向かって歩いていきました。

その態度に恐れをなした兵士は撤退。

軍は、スーチーが殉教者となることを恐れたのです。

スーチーという女性の民主化への意志と強さを象徴的に表したシーンでした。

映画のもうひとつの見どころは、夫であるマイケルのスーチーに対する協力と深い愛情です。

スーチーの身を案じたマイケルは、イギリスに居ながら彼女を守る手段として、彼女をノーベル平和賞に推薦する事を思い付きます。

彼女の業績をまとめたり、有力者に推薦人になってもらうよう働きかけたり、マイケルは奔走します。

そのかいあって、スーチーは1991年にノーベル平和賞を受賞することとなるのです。

けれどもその時、スーチーは自宅軟禁の最中。彼女の国民への影響力を危険視した軍事政権によって、スーチーは1989年より自宅軟禁されていました。

ノーベル平和賞受賞の会見の場で、マイケルはこう語ります。

「ノーベル平和賞がこれほど孤立した人間に授与されたことがあるでしょうか・・・」

運動に身を投じて27年。そして、民主化へ

スーチーの軟禁は合計3回、期間は15年以上にも及びました。

その間、マイケル、そして、2人の息子たちと出会えた時間はごくわずか。

マイケルたちのミャンマー入国ビザは、軍事政権によってなかなか許可されなかったのです。

1999年3月、マイケルはガンによって亡くなります。

その事実をラジオの放送で知り、その場に泣き崩れるスーチー。

映画のラストは、2007年の仏教僧たちによる反政府デモで締めくくられます。

オレンジ色の袈裟をまとった仏教僧たちがヤンゴンの通りを練り歩き、それに呼応した民衆たちが大行進を始めたのです。

彼らは、口々に叫びました。

「アウンサンスーチー!アウンサンスーチー!」と。

現在、ミャンマーは名実ともに民主化を果たしました。

2011年、軍籍ではない初の大統領としてテイン・セインが就任。国家の最高機関が軍ではなく新政府に移譲され、新政府は軍関係者が多数を占めていたものの、形式上は軍政に終止符が打たれました。

そして、今回の2015年11月8日の総選挙。

NLDが大勝し、ついに民衆が選んだ政府が誕生することとなったのです。

国民に愛されるアウンサンスーチー、彼女を演じ切ったミシェル・ヨー

ニャウンウーの船着き場で食堂のおばちゃんたちと話すニャウンウーの雑貨屋の壁に掲げられたスーチーの写真

「シュエダゴォン・パヤー」参道で売られていたスーチーの写真 【ヤンゴン】寺院の参道で売られていたスーチーとアウンサン将軍の写真

ミャンマー民主化の象徴であるアウンサンスーチー。

ミャンマーの人は誰でも彼女のことを慕っています。

ミャンマーの商店やレストランには、たいていスーチーかアウンサン将軍の肖像が飾られていました。

ミャンマーの一般の人たちはみんな、スーチーのことが大好き!

けれども、数年前まではスーチーの肖像を飾ることなど考えられなかったのだそうです。

映画でこのアウンサンスーチー役を演じたのは、ミシェル・ヨーです。

ミシェルは、2007年にレベッカ・フレインによるこの作品の脚本と出会い、魅了され、フランス人監督リュック・ベッソンに映画化のオファーをしたのだそうです。

ミシェルの熱意は相当なものだったようで、容姿のみならず、スーチーの話す英語やビルマ語も完璧にマスターしたのだとのこと。

その容姿、佇まいは本人と見紛うばかり!

ミャンマーに民主化をもたらすという使命に身を捧げた、アウンサンスーチーという女性の強さと美しさを見事に演じ切っています。


キャスト

アウンサンスーチー :ミシェル・ヨー
マイケル・アリス  :デヴィッド・シューリス
キム        :ジョナサン・ラゲット
アレクサンダー   :ジョナサン・ウッドハウス
ルシンダ      :スーザン・ウールドリッジ
カーマ       :ベネディクト・ウォン
ネ・ウィン将軍   :フトゥン・リン
タン・シュエ    :アガ・ポエチット

スタッフ

監督 :リュック・ベッソン
脚本 :レベッカ・フレイン
製作 :ヴィルジニー・ベッソン=シラ アンディ・ハリース


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コメント

  1. 三宅英雄 より:

    被災地福島に老人ホームを作る為、必要に成るヘルパーをミャンマーから、賄う心算で居ますが、ミャンマーを中国寄りにする事は、ミャンマーの不幸で、中村博士の技術で、ミャンマーを早く、発展するには、スーチー国家顧問との会談が、必要ですが、
    ミャンマー友好協会等の名称で、30程の団体・仝国家顧問と会った方等協力を頼みましたが、どれも、使い物に成りません。
    先ず、ミャンマーに、発電所を設置、電力を供給し、総合病院を建設、無料治療したいので、御協力を御願いします。
    中村博士は、解体された国立競技場と大阪万博の太陽の塔等・韓国国会と63ビル等・マニラカジノ他を内外で、建設して居ますが、
    高齢なので、早く、行いたいと思います。インドネシアから研修生入れた事有りますので、呼べます。
    私は、99年青瓦台迎賓館に招かれ、金大中大統領等と会食して来ましたが、仝大統領と仝国家顧問は、ノーベル平和賞受賞も、軍事政権に軟禁された事も、同じの為、アポが取れれば、NLDに政治献金を持参する心算です。