このアルバムは、インドのアルナーチャル・プラデシュ州ボンディラにあるチベット寺院「ギュートゥ・ゴンパ」の僧侶たちによるチベット密教の聲明「サンワ・デュパ」を録音したものです。
聲明(声明:しょうみょう)とは、主に儀礼の際に用いられる仏典に節をつけた仏教音楽のひとつ。「サンワ・デュパ」は、チベット密教のお経で、「ギュートゥ・ゴンパ」では日常の典礼で唱えられているものなのだとのこと。
このアルバム、初めて聴いたとき、あまりの衝撃に鳥肌が立ちました。
僧たちの発する「これは本当に人間の声なの?」と思うほどの凄まじい重低音が、体の奥深くにまで響き渡るような感覚でした。
ベルカント声楽でいう男声の再低音域をさらに5度近く下回るという、究極の低音域です。
収録されている曲(?)は、一曲。
「サンワ・デュパの聲明」(53分14秒)。歌っているのは、ギュートゥ・ゴンパの僧侶たちです。
まずは、彼らの唱える聲明を聴いてみましょう。
僧たちの唱える超絶の重低音が深遠なチベット密教の世界に誘う
凄まじい重低音の声です!
延々と続く、体の奥底に轟き渡るような重厚で広大で深遠な世界に、突如として煌めくシンバルのような楽器(ティブー:Thibu ブック・チェル:Book Chel)の金属音やでんでん太鼓のような太鼓(ダマル:Damaru)の乾いた音。
そのコントラストがあまりにも衝撃的!
まさに、瞑想と覚醒です。
そして、中盤に差し掛かったとき、雄叫びのように吹き鳴らされるチベット・ホルン(トゥン・チェン:Dhung Chen)の音色。
聲明の声と楽器の演奏を担当するのは、10名の僧侶たち。
いずれも、チベット仏教寺院「ギュートゥ・ゴンパ」で厳しい修行を積んだ僧侶です。
チベット仏教には、4つの宗派があります。
「ニンマ派」「カギュ派」「サキャ派」「ゲルク派」の4つです。
ギュートゥ・ゴンパは、この四派の中で最大の宗派である「ゲルク派」の寺院です。
ギュートゥ・ゴンパは、ゲルク派の創始者「ジェツォング・カパ(ツォンカパ)」の弟子「シェラブ・センゲ」のそのまた弟子「ジェツゥング・クンガ・ドゥンドゥプ」によって、タントラの研究と実践の場として1474年に中央チベットに創立されたのが始まりとのこと。
その後、1959年のチベット動乱の際に、寺院で学んでいた900人の僧侶のうち、100人がインドに亡命。初めはインドのヒマーチャル・プラデシュ州に寺院が建てられたそうですが、その後、現在のアルナーチャル・プラデシュ州ボンディラに移転したのだとか。
チベット仏教については、↓の記事でも紹介しています。
チベット仏教の寺院では、僧たちは朝5時から夜10時まで修行に勤しむのだそうで、その内容も多岐に渡っているのだとのこと。
密教の経典の学習や瞑想、お経の詠唱、曼荼羅の作成、密教儀式の作法のみならず、畑仕事や庭仕事、清掃、英語やヒンドゥー語、数学、科学や社会学、宗教哲学、形而上学まで学ぶそうです。
もちろん、このアルバムで唱えられている聲明と楽器の練習も行います。
チベット仏教寺院では、ありとあらゆることをマスターしなければ卒業することはできないのだそうです。
話を聞くだけで、チベット仏教僧の修行、大変そうですね。
チベットといえば「ダライ・ラマ」
現在のダライ・ラマ、「ダライ・ラマ14世」(テンジン・ギャツォ:བསྟན་འཛིན་རྒྱ་མཚོ)は、インドのダラムサラに住んでおり、そこで樹立された中央チベット行政府(チベット亡命政府)において、チベットの国家元首を務めています。
このアルバム「チベット密教 聲明の驚愕」の録音を行った大橋力氏は、ダラムサラにおいて「ダライ・ラマ14世」に直接会い、猊下直々にこのグループ、ギュートゥ・ゴンパの僧侶たちを紹介してもらったのだとのこと。
ちょうど、その時、偶然にもダラムサラに彼らが滞在していたのだそうです。
ギュートゥ・ゴンパの僧侶たちは、チベットの文化を紹介するため、海外で度々その声を披露することがあるのだそう。
上の動画は、オーストラリアのシドニーで行われたギュートゥ・ゴンパの僧侶たちの聲明の様子です。
ちなみに、このチベット仏教の聲明は、「倍音」による唱法であると言われます。
「倍音」とは、基本となる音の倍の周波数を持つ音のこと。どんな音にも「倍音」は含まれるそうですが、それを強調することで、ひとつの音の中で複数の音が共鳴しているような心地よい音に聴こえるようになるのだとか。
「倍音」を使った楽器としては、オーストラリアのアボリジニーの楽器「ディジリドゥ」や世界中で使われている楽器「口琴」などが有名です。
声としては、チベットの聲明の他に、モンゴルの「ホーミー」も知られています。
最近、エスニック雑貨屋さんでよく見かける、チベットの僧が儀式で使うとされる仏具「シンギングボール」も倍音が出る楽器です。
♪アジア音楽
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