東京の世田谷美術館で開催の展覧会「MEMORIES OF WEST AFRICA ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙――人類学者・川田順造と陶芸作家・小川待子のコレクション」を観てきました。
この展覧会はかなりユニークなアフリカ展で、1970年代に西アフリカで実際に暮らした日本人夫妻が、生活のなかで出会い、集め、半世紀近く自宅で一緒に暮らしてきたアフリカのもの約350件を見せるという企画展。会期は2026年7月11日〜9月6日です。

「ふたり」とは誰なのか
一人は文化人類学者の川田順造(1934–2024)。西アフリカを代表する日本の人類学者の一人で、とりわけ文字によらない「口頭伝承」の研究で知られました。
アフリカを単に日本から眺めるのではなく、ヨーロッパ・西アフリカ・日本という三つの文化を互いに照らし合わせる視点を持っていた研究者です。
もう一人が妻の小川待子(1946–)。1970年代には川田の調査助手として西アフリカに滞在し、帰国後は陶芸家となりました。現在は「うつわ」という概念そのものを問い直すような作品で国内外から評価されています。

二人は1972年から約3年半、当時のオート・ヴォルタ(現在のブルキナファソ)で生活しました。しかも単に美術品を買い集めたのではなく、現地の人々と生活しながら、ひょうたん加工、籠編み、土器づくり、金属加工などの技術や、その道具が使われる場面を調査していたことが、このコレクションの重要なポイントです。
夫妻のコレクションはその後も増え、最終的には600件を大きく超える規模になりました。本展では基礎調査を行いながら、そのうち約350件を選定。
まとまった形で紹介されるのは非常に久しぶりで、美術手帖によれば、コレクション全体を本格的に調査・紹介するのは今回が初めてであるとのこと。
展覧会は「民族別」ではなく「暮らし方」で見る

通常の民族学博物館なら民族や地域、年代、用途などによって分類しそうですが、本展は、
「ひょうたん」「草を編む」「土器をつくる」「火の熱さ」「布」「革」「ビーズ」
というように、素材と人間の手の関係から西アフリカを見せています。
川田の著書『サバンナの博物誌』などの文章と、現地で撮影したモノクロ写真も展示され、物だけを孤立させず、「その物が存在していた生活」に戻して見る構成になっています。
イントロダクション「いろどる――赤、白、黒」

最初のキーワードは赤・白・黒。
サバンナの土、植物などによって生まれる色を通して、草編み、革製品、布などを見せます。
西アフリカの造形を「派手な原色」というステレオタイプから見るのではなく、土地から得られる素材と色から紹介していきます。







西アフリカの手工芸品として特に有名なのが「布」
こちらのブースでは6枚の布が展示されていました。
それぞれの布をよく見ると、縦方向に細い継ぎ目が何本もあるのがわかります。
これは西アフリカの伝統的な細幅織(strip weaving)。大きな布を最初から一枚で織るのではなく、細長い木綿の帯を織る → 必要な長さに切る → 帯を何本も横に並べる → 一枚の大きな布に縫い合わせる という方法です。
一本一本別々に織られた帯を縫い合わせることで幅や位置が微妙にずれ、そのことで、規則的なのに完全には規則的でない、人間的なリズムが生まれているのが魅力的。



こちらは、イントロダクションのブースに展示されていた3つの木彫仮面。
3点とも「人間の顔を写した仮面」ではなく、角・鳥・アンテロープなど動物の特徴を大胆に抽象化し、幾何学文様と組み合わせた造形であることが特徴です。
この種の仮面は単に壁に掛けて鑑賞する「彫刻」として作られたものではなく、地域や集団によって異なるものの、葬送、祖先との関係、共同体の儀礼、農耕周期などに関わり、踊り手が身につけ、衣装・音楽・舞踊と一体になって初めて機能する造形なのだそう。
「仮面」なのに、なぜこんなに巨大なのかというと、西アフリカでは、顔だけを覆うものだけでなく、頭上に載せたり、頭部全体と結合させたりする大型の仮面・頭上飾りがあるのだとのこと。
さらに身体を植物繊維や布の衣装で覆います。
すると踊り手自身の身体が消え、巨大な鳥や精霊のような存在そのものが踊っているように見えるわけです。
静止している現在の展示だけを見ると縦長の彫刻ですが、本来は踊りによって、長い嘴が左右に振れ、巨大な上部が空間を切り、幾何学文様が動き、太鼓の音と結びつくという、かなり劇的な視覚効果が生まれるのだそう。
第1章「アフリカとの出会い」


ここでは1960年代の川田とアフリカとの出会い、さらに川田と小川が旅した北アフリカのマグレブ地域が取り上げられます。
最初からブルキナファソだけを見るのではなく、北アフリカへの旅 → サハラを越えた西アフリカ → サバンナでの生活という二人の経験を追うようになっています。
第2章「サバンナに暮らす」

1972年からの3年半、川田と小川は、オート・ヴォルタ(現・ブルキナファソ)に暮らし、草編みや土器づくりなど、生活に根ざしたさまざまなものづくりの技術を調査する日々を過ごしました。
このブースでは、「ひょうたんの器」「草を編む」「土器をつくる」「火の熱さ」の4セクションに分けて、大小さまざまなひょうたんの器、口頭伝承で重要な役割を果たす太鼓、草編みのかごやうちわ、素焼きの壺、真鍮のブレスレットなどが展示されています。


西アフリカの生活では、瓢箪(calabash)が非常に重要な生活素材でした。
半分に割れば鉢や椀になり、水・穀物・食べ物を入れられる。さらに装飾を施したり、楽器の共鳴胴として利用したりもできます。
展示には大小さまざまなひょうたんの器に加え、儀礼用の楽器なども登場します。

草や植物繊維を使った、籠、団扇、容器などが並びます。
一見すると素朴な生活用品ですが、編み目、幾何学模様、形状を見ると非常に高度です。

素焼きの壺。工業製品以前の社会では、土、水、火という非常に身近な材料だけで、調理・貯蔵・運搬に必要な器を作りました。
陶芸家になった小川待子自身がのちに「うつわ」を中心テーマとして制作することを考えると、1970年代にサバンナで見た土器やひょうたんが、単なる収集品ではなく、彼女の造形感覚にどう蓄積していったのかが垣間見えます。
第3章「アフリカの色とかたち」

このブースでは、「布」「革」「ビーズ」のセクションから構成されています。
ブルキナファソでは、細幅の手織り木綿帯を何本も縫い合わせて大きな布にする技法が見られます。さらに藍染めなどによって模様を作ります。
加えて、マリの有名な泥染め(ボゴラン/Bogolanfini)なども展示されています。









藍染の起源はインドと言われています。グレコローマン期のヨーロッパでは主にインドから藍を輸入しており、それが「インディゴ」という言葉の語源になったのだそうです。
絞り染は、布の一部を縛るなどの方法で圧力をかけ染料が染み込まないようにすることで模様を作り出す模様染めの技法の一つ。
古代から世界的に行われている技法で、古いものだとインドのアジャンタ遺跡に絞り染と思われる壁画が描かれているのだそう。絞り染は現在では、タイダイ(tie-dye)の名前で世界に普及しています。
西アフリカにおいて、藍の防染技術は数世紀前から行われてきました。
技術はインドネシアからアラビア半島経由で伝わり、数世紀をかけて西アフリカの各部族に定着していったようです。

マリの泥染め(ボゴラン/Bogolanfini)は、マリ南西部に住むバマナ(バンバラ)族の女性によって主に作られています。
バンバラ語で「ボゴ」は泥を、「ラン」は仕事の成果を、「フィニ」は布を意味しています。
ボゴランフィニは、お守りとしての性格があり、若い女性や漁師など危険にさらされることの多い人たちが腰布として、または上着として身につけるものだったそう。
もともとのボゴランフィニは、黒地に白の幾何学模様が特徴で、図柄はいくつかのパターンがあり、それぞれに意味のあるストーリーやテーマが表されているのだとのこと。
たとえば、「幽霊の足跡」「ピーナツの皮」「コオロギの足」「勇敢な人間の帯」「戦うワニのボス」などのテーマがあり、英雄賛美や家庭円満などの意味が込められているのだそう。


興味深かったのは「ビーズ」
これらのビーズには、西アフリカの人々が日常的に身につけていたビーズだけでなく、かつてヨーロッパ人が金や奴隷の交易などで用いたヴェネツィアのトンボ玉やオランダのガラス玉も含まれています。

数世紀のあいだに、ヴェネチアのトンボ玉が、やがて海洋進出したオランダのガラス玉が、はじめ黄金を、ついで、アメリカ大陸開発のための黒人奴隷を求めてアフリカの海岸に殺到した白人の手で、黄金や黒い肉体の積荷とひきかえに、熱帯の森林や草原に、白昼夢のように無数にばらまかれることになる——そのさまは、何百年を経てサバンナに立ちつづけているバオバブの木や、ギニア湾の、いまも変わらず赤い砂を噛んで打ちよせる波だけが、見ていたであろう。
展覧会の展示パネル(川田順造『アフリカの心とかたち』より抜粋、構成)より引用
第4章「海の見える家――ふたりのアフリカ」

1980年代末、夫妻は海の見える高台に家を建てました。
そこにブルキナファソなどから持ち帰った物を並べ、生活しながら少しずつ配置を変えていった。その空間づくりを主に担ったのが小川待子でした。




展覧会の展示は、その家をそのまま再現しているわけではありません。
小川本人が展示ディレクションに参加して、「二人の家に存在したアフリカ」を美術館空間で再解釈するインスタレーションにしています。
100点を超える儀礼用仮面、木彫の椅子、子ども用木彫人形、太鼓、弓矢、絵画などが密度高く並び、小川自身の近作も2点さりげなく加えられています。
まとめ
展覧会「MEMORIES OF WEST AFRICA ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙――人類学者・川田順造と陶芸作家・小川待子のコレクション」の展示構成には、1979年刊の代表作『サバンナの博物誌』などに残された文章が使われ、現地で川田自身が撮影したモノクロ写真も展示されています。
そのため、「これは何民族の何年代の籠です」という標本的な見方ではなく、誰が作るのか。何を入れるのか。どんな材料なのか。どうやって作るのか。人々はそれをどう使っているのか。という「生活の中の物」として、展示品を見ることができます。
美術手帖は、本展を民族資料として分類・解説するというより、川田の言葉と小川の美意識を通して、手仕事の背後にある世界観を読み解く展覧会と評しています。
西アフリカという地域を生活文化の観点から奥深く知ることができる貴重な展覧会。とても見応えがありました。
参考:世田谷美術館「MEMORIES OF WEST AFRICA ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」
参考:美術手帖「ふたりのアフリカ、手仕事の宇宙」展(世田谷美術館)開幕レポート
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