2024年イスラーム映画祭9で『ハーミド〜カシミールの少年』を観る

イスラム映画祭 エスニック映画館
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2024年3月16~17日、23~24日に渋谷ユーロライブで開催された「2024年イスラーム映画祭9」

その初日の午後、上映された映画『ハーミド〜カシミールの少年』(原題:Hamid)を鑑賞してきました。

『ハーミド〜カシミールの少年』は、インド北部カシミール地方を舞台としたインド映画。「2024年イスラーム映画祭9」では唯一のインド映画です。

上映後のトークセッションも拝聴。映画祭のパンフレットも購入しました。

※記事はネタバレ含みます。

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カシミールとは?

カシミール

映画のご紹介をする前に、まずは、作品の舞台となるカシミール地方について、ちょこっとご説明します。

カシミールは、インド北部とパキスタン北東部の国境付近に広がる山岳地域。インドとパキスタン、中国の3国がそれぞれ独自の国境を主張し、帰属争いが絶えない地域でもあります。

1947年の英国からのインド・パキスタン分離独立の際、それまでカシミールを治めていたヒンドゥー教徒の「ジャンムー・カシミール藩王」は、カシミールの住民の大多数がイスラム教徒であるにもかかわらず、(イスラム多数派の国のパキスタンではなく)インドへの帰属を表明しました。

分離独立後、インドの領土となったカシミール(ジャンムー・カシミール州)は、インド憲法370条によって特別自治権が認められ、名目上は自治を有することとなりました。

しかしながら、実際には自治とは名ばかりで、(過激派を洗い出すという目的のもと)住民への尋問や拷問が日常的に行われる状態であったとのこと。

そして、次第にインド軍や政府に対する住民の不満や憎しみが高まり、分離独立派による武装闘争も活発化。デモ隊と治安部隊の衝突が頻繁に起こり、過激派による自爆テロも頻発。

緊張が高まっていくそんな最中の2019年8月5日、インド政府は憲法第370条で認めてきた特別自治権の剥奪を発表。ジャンムー・カシミール州をラダックとジャンムー・カシミールに分割し、連邦直轄領とすることを決定したのです。

この映画『ハーミド〜カシミールの少年』は、現在の「ジャンムー・カシミール連邦直轄領」となる直前、「ジャンムー・カシミール自治州」だった最後の頃を背景としています。

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「ハーミド〜カシミールの少年」の物語(あらすじ)

物語の舞台は、美しい山々と湖に囲まれたインド北部カシミール地方。

6歳の少年ハーミド(タルハー・アルシャド・レーシー)は、舟大工の父ラハマト(スミット・コウル)と、母イシュラト(ラシカー・ドゥガル)と共に穏やかに暮らしていました。

どこにでもありそうなハーミドと両親とのやり取りの描写から、慎ましやかだけど幸せな家族の様子が窺い知れます。

そんなある日、一家の暮らしを暗転させる出来事が起こります。

ハーミドにせがまれ、職場に電池を取りに向かった父ラハマトですが、そのまま行方知れずになってしまったのです。

インド軍による住民への尋問や拷問が日常的に行われているというカシミール。ラハマトが失踪した原因が軍にあるのは明らかでした。

 

場面が変わって1年後。

母は失踪した夫を探しに毎日のように警察所へと向かっています。そして、失踪の原因を作ったハーミドに対して冷たい態度で接しています。

ハーミドは、大好きだった父を忘れられず、父の写真を事あるごとに見返し、父との幸せな日々を思い出し続ける日々。

そんなある日、ハーミドは学校の友人から、父はアッラーの所へ行ったのだと聞かされます。そして、街で拾った宣伝のチラシに記された「786」という番号が神の数字だということを知ります。

アッラーの所にいる父と話をしたいハーミド。父の遺した携帯電話で“神の数字”へと電話を掛けてみました。すると、なんと、電話が繋がりました!

ハーミドは、電話向こうで話す人物がアッラーであると信じ、父を返して欲しい、父と話がしたいと伝え、自分と母の近況などを語ります。

しかし、電話口でハーミドと話をする相手は、実は、父を殺害したインド軍治安部隊の隊員のひとり、アバイ(ヴィカース・クマール)だったのです。

アバイは、カシミールに駐屯するインド軍の兵士。過激派からのテロの危険に晒され、住民を尋問し続ける日々。過去に住民の子供を殺めてしまったことが大きなトラウマとなっており、この任務から逃れることを望み、精神的に疲弊している状況でした。

そんなアバイにとって、度々掛かってくる無邪気なハーミドとの会話は一服の清涼剤。アバイは電話口で自らアッラーを演じ、ハーミドの悩みを聞き、密かに彼の悩み解決の手助けをしたりもします。

しかし、そんなほのぼのとした関係は長くは続きませんでした。

いつまでも父を返してくれない「アッラー」に業を煮やすハーミド。そして、弁解の言葉も尽きてしまったアバイは、ある時、自らの正体をハーミドに伝えることとなるのです。

※続きは、本作品をご覧ください。

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「ハーミド〜カシミールの少年」の感想(レビュー)

本作『ハーミド〜カシミールの少年』の監督「エージャーズ・ハーン」は、ムンバイ出身のインド人イスラム教徒。

作品の制作・公開は、カシミールが自治権を剥奪される前、「ジャンムー・カシミール自治州」時代の2018年です。

上映後のトークセッションや映画祭のパンフレットの説明によると、インドでは映画の公開には厳しい検閲があり、特にインドからの分離独立を助長するような内容については、厳しくチェックされ、公開が許されないのだそうです。

また、作品中には(インド政府のプロパガンダのバイアスがかかっているか、政府の検閲を逃れるためなのかはわからないものの)、現実とは異なる描写がいくつかあるのだとのこと。特に、インド政府に抗議する住民団体や、地元のイスラム団体についてのネガティブな描写が複数あるのだとか。

しかしながら、インド人でもパキスタン人でもない、カシミール問題について深く知らない部外者の自分から見ると、上記の問題点はあるものの、この映画は素晴らしい作品だと感じました。

 

主人公は、インド軍に父を奪われたカシミールのイスラム教徒である少年ハーミド。

観衆の気持ちは、自然と少年の属するイスラム教徒側に寄り添うこととなります。

物語が進んでいくに連れ、少年の幸せを奪ったインド軍はひどい。このような状況を生み出したインド政府はひどいという気持ちが強まってきます。

しかしながら、インド軍も全てが悪で塗りつぶされているというわけではなく、住民を抑圧しなければならない自らの状況に葛藤を抱え、精神的に病んでいる者もいることを、インド軍人の登場人物アバイの描写から、観衆は理解します。

そして、ハーミドとアバイの電話によるささやかなやり取りから、互いに対立する陣営に属していても、個人と個人のレベルでは、温かな関係になれるというポジティブな可能性を観衆は受け取ることになるのです。

観衆は、ニュース記事の字面でしか認識していなかった、距離的にも心理的にも遥か彼方のカシミール問題の悲劇を、抑圧されているカシミール住民の家族に感情移入しながら擬似体験し、少なくとも作品の鑑賞中は問題の当事者となるのです。

監督のエージャーズ・ハーンが、この映画にどんな意味を込めたのかは分かりませんが、それだけで、この作品は大きな意味があると感じました。

上の動画は、父ラハマトが失踪して1年後、少年ハーミドが父との思い出を回想するシーンの映像です。

清涼なジェラム川と緑が織り成す美しいカシミールの風景の中、小舟に揺られるハーミドと父。

素朴でどこか物悲しさも感じさせるカシミールの伝統楽器「ラバーブ」の音色に合わせ、ハーミドと父が歌を掛け合います。

 

映画『ハーミド〜カシミールの少年』には、上のシーンの他にも、心に残るシーンがいくつもありました。

ハーミドが電話で父への手紙を読み、それを聞いたインド軍人のアバイが心を動かされているシーン。母イシュラトが夫の死を受け入れ、これまで冷たく接していた息子ハーミドを抱きしめるシーン。舟の工房に(アバイが送ったと思われる)赤いペンキが届き、ハーミドが「アッラーが送ってくれた」と喜ぶシーン。などなど。

そして、ラスト。清涼なジェラム川と緑が織り成す美しいカシミールの風景の中、小舟に揺られるハーミドと母イシュラト。

父が望んだ赤いペンキの色に塗られた小舟。舳先には「786」というアッラーを表す番号が描かれています。

櫂を漕ぐ楽しそうなハーミドと、その様子を幸せそうに見つめる母イシュラト。

BGMとして流れる素朴でどこか物悲しさも感じさせるカシミールの伝統楽器「ラバーブ」の音色。

そのシーンを眺めながら、涙が止まりませんでした。

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『ハーミド〜カシミールの少年』の情報

  • 原題:Hamid 製作国:インド 制作年:2018年 上映時間:108分
  • 監督:エージャーズ・ハーン 脚本:ラヴィンダル・ラーンダワー
  • キャスト:タルハー・アルシャド・レーシー(ハーミド) ヴィカース・クマール(アバイ) ラシカー・ドゥガル(イシュラト) スミット・コウル(ラハマト)
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