ルーマニア北部マラムレシュ地方。
豊かな森の広がるこの地方では、今でも伝統的な農業や牧畜が行われ、人々は民間伝承を信じ、素朴な農村生活が営まれています。
頭巾を被った女の子や、麦わら帽を被った老人がいるヨーロッパの田舎の田舎。
そんな、マラムレシュ地方の村巡りの拠点となる町が、「シゲット・マルマツィエイ」(Sighetu Marmaţiei)です。
「バイア・マーレ」から「シゲット・マルマツィエイ」へ
マラムレシュの農村風景
朝8時半、バスは、「バイア・マーレ」のアウトガラから、のろのろと出発しました。
車内はスカーフを被った老婆や、大きな荷物を背負ったおじさんたちでごった返しています。
バスの目的地は、マラムレシュ地方の中心都市「シゲット・マルマツィエイ」。
マラムレシュ地方は昔ながらの民族文化や伝統が息づく貴重なエリアであるとのこと。
中世さながらの民族衣装を着た人々や、独特な木造建築を見てみたい!
そう思った私は、この地を目指すことに決めたのです。
豊かな森の広がる農村風景
街を出たバスは山道に入っていきました。
バスは鬱蒼とした楡の木の森の間をくぐり、つづら折の坂道をくねくね進みます。
オンボロのバスはカーブの度に乗客の体を右へ左へと揺らします。
そのうち小雨がパラパラと降り始めました。
新緑が雨に濡れ、森の風景を淡く滲ませ始めます。
路肩を見ると、所々に動物の図柄の彫られた木製のトーテムポールが立っていました。
霧雨の向こうから浮かび上がるその姿は、とても幻想的でした。
マラムレシュ観光の拠点、「シゲット・マルマツィエイ」の街
シゲット・マルマツィエイの街
「シゲット・マルマツィエイ」は小さくて長閑な町。
バスを降りると、車中で出会った空手の黒帯を持つという男性が、お目当ての宿「Mini Hotel Magura」まで連れて行ってくれました。
「Mini Hotel Magura」は、素朴なおじいさんが経営するささやかな一軒家の宿。
おじいさんはルーマニア語しか話しませんが、とても控えめで優しい人物でした。
部屋はトイレ、シャワーなしシングルで400,000Lei(1,476円:2004年当時)。
私は荷物を置くと、すぐに街を散策することにしました。
シゲット・マルマツィエイの目抜き通り「トライアン通り」
宿から10分ほど歩くと、街の中心の目抜き通りである「トライアン通り」にぶつかります。
通りには2階建ての白っぽい建物が建ち並んでいて、簡素だけど立派な風貌の教会が2つあります。
通りをしばらく歩くと、左手に観光案内所が見えます。
私は扉を開け中に入っていきました。
中にはテーブルが1つあり、その向こうに綺麗な女性が座っていました。
「ブーナ、ズィア!」
挨拶をします。
女性に、「シゲット・マルマツィエイ」の見所と、周辺の村へのアクセス方法を尋ねます。
マラムレシュの観光は「村」がメイン。
彼女に、この「シゲット」からアクセスしやすい村を教えてもらおうと思ったのです。
私が質問すると、彼女はニコニコしながら、とても丁寧に、流暢な英語で、町の見所、周辺の村々への行き方を教えてくれました!
街の中心にある教会
トライアン通りに面した自由広場を抜けると「マラムレシュ民族博物館」があります。
マラムレシュの民族文化を予習しようと思い、入ってみました。
受付で入場料10,000Lei(37円)を払います。
中に入っていこうとすると、受付に居たお姉さんが大急ぎで走っていき、館内の照明を付けました。
どうやら客は私1人のようです。のんびりと見学し始めます。
こぢんまりとした博物館の内部には、素朴な展示品が丁寧に置かれています。
工芸品や仮面、農機具があり、その奥にはメインの展示品である民族衣装が飾られていました。
たくさんの刺繍で飾られた白いブラウスや、赤いベストやスカートは、とても可愛らしく華やか。
まるで、童話やメルヘンの世界に出てくるような衣装です。
衣装の横には祭りの写真が展示されていました。
冬、深い雪に包まれた村では祭りが行われるらしいです。
写真には、美しい民族衣装で着飾った少年少女が祭りのパレードをしている様子が写っていました。
「シゲット」の街を歩いていてもこのような衣装を着た人は見かけません。
これらの衣装は祭りの時にしか着ない正装なのでしょうか。それとも田舎の村へ行けば、人々は日常的にこれを着ているのでしょうか・・・。
私はその写真のように美しい民族衣装を着た人々の姿を見てみたい、と思いました。
自由広場前のカフェ
観光案内所で地図をもらい、街のレストランで食事を済ませると、雨が降ってきました。雨足は次第に強くなっていきます。
そのため、私は午後の観光は諦め、自由広場前のカフェで、のんびりと過ごすことにしました。
コーヒーをすすり、チョコレートケーキを食べながら、本を読んだりします。
異国でのまったりとした午後、なかなか悪くないものです。
周りを観察すると、煙草を吹かしている老人や、喋くりあっているマダムの姿が見えました。
ばね仕掛けの人形を売る売り子たち
カフェには物売りが頻繁にやってきます。
新聞や時計、ボールペンやノート。彼らはそういった品々を人々のいるテーブルに置いて廻り、手に取る者がいないと見るや、それを回収して廻っていました。
こういう売り方、ルーマニアではよく見かけました。一度、売り物を勝手に見てもらうというやり方です。
置かれた時計やボールペンを手にして、興味を惹かれなかった場合は、元の位置に戻しておきます。
これなら、買う側もしつこく売り込まれることもないし、売る側も「モノ」に興味を持った人にだけ話をすればいいわけです。
売り子は、大人から子供までかなり幅広い年齢層がおりました。
コーヒーを飲んでいると、売り子のひとりが私のテーブルの上に奇妙な物を置きました。
「ばね仕掛けの人形」です!
「ばね仕掛けの人形」は、テーブルの上で、ビヨンビヨンと体を左右に揺らし続けています。
私はそれを見て、考え込んでしまいました。
これを買う人がいるのだろうか、これを売ることで商売になるのだろうか。
けれども、ルーマニアの旅を続けていくうちに、「ばね人形」は、けっしてマイナーな存在ではないということに私は気付かされました!
「ばね人形」は、結構流行っていました。
そうです。「ばね人形」を売っている売り子は彼ひとりではなく、たくさんの売り子が「ばね人形」を売っていたのです!
つまり、「ばね人形売り」が幾人もいるということは、「ばね人形」を売るということが商売として成り立っているということです。
となると、ここマラムレシュでは「ばね人形」を買う人間がそれなりに存在するということでもあります。
たぶん、あれは副業のひとつであると思うし、他にも収入源があるのでしょう。
けれども、よりによって、なぜ売る物が「ばね人形」なのか・・・。
ちょうどこの頃、マラムレシュでは「ばね人形ブーム」だったんでしょうか??
「シゲット」の街角にて。みんなに注目されます。
ロマの子供たちと店員のいたちごっこ
まったりとした午後のカフェ。
読んでいた本から顔を上げ、コーヒーを飲みながら店内をぐるりと観察してみると、私の目は店の入り口に留まりました。
そこには、「ロマ(ジプシー)」の子供が数人、たむろっていました。
にやにやと笑いながら店内を窺っている様子の彼ら。
何かが起こりそうな気配です!
彼らがちらちらとこちらを見ています。
ロマの子供たちは、珍しい東洋人である私に注目したようです。
恐らく、ターゲット決定です!
しばらくすると、ロマの子供のひとりが店に入ってきました。
私のところに一直線に近づいてきます。
卑屈なのか堂々としているのか、よくわからないような態度のロマの子供。
彼は私の目の前に立つと、何やらごちゃごちゃと言いながら手を差し出してきました。
お金をねだり始めたのです!
ロマの子供はしつこくお金を要求し続けます。
私はそれに対し、「ノーノー!」と首を振り続けました。
そのとき、店員が、その様子に気付きました!
店員は、大またでつかつかと近づいていき、そして、ロマの子供の前に立ちはだかると、もの凄い剣幕で追い払いました!
店員に怒鳴られるや否や、ねずみのように「ピューっ」と逃げ出すロマの子供。
かなりの素早さ、プロです!
ロマを追い払った店員は私に向かって、「失礼しました。困った奴らですよ、あいつらは・・・」みたいなことをルーマニア語で言いました。
私は、別にロマの相手をするのは嫌ではなかったのですが、 「いえいえ、どうもありがとう」 と一応、お礼をしておきました。
けれども、店員の勝利は一時的なものでした。
しばらくして店員が遠くに行ってしまうと、ロマの子供たちはまた、動き始めたのです。
ロマの子供が、再び私のところへ近づいてきます。
店員に気付かれないように、そ~っと、そ~っとです(笑)。
そして、またまた、お金をねだり始めます。
さっきと同じように、しつこく、しつ~っこく。
店員がその様子を再び見つけます。
「あのヤロ~!」っていう感じで、慌ててこちらに近づいてきて、すごい剣幕で、
「こらーっ!!」
ロマの子供は、店員が近づいてくるや否や、入り口のところまで「ピューっ」と逃げていきました。
そして、人を小ばかにしたように、顎を突き出して笑っています。
店員はもうカンカン!!
私はその様子を見て、何だか可笑しくなってきてしまいました。
そ~っと、そ~っと・・・。
手を差し出す。
「ノーノー」
「こらーっ!!」
「ピューっ」と逃げる。
顎を突き出してニヤニヤ・・・。
店員さんカンカン!!
延々と繰り返されるそのいたちごっこ。
それはトムとジェリーの漫画を彷彿とさせるような、やたらと愉快なものでした。
しばらくそんなカフェにおける人間ドラマを楽しんだあと、私は案内所でもらったマラムレシュの地図を取り出し、眺め始めました。
「シゲット」の周りにはいくつもの村が点在しています。地図には、この地方独特の木造教会の絵が村ごとに描かれていました。
田舎の民族衣装の人々と共に、美しい木造教会もマラムレシュの見所のひとつなのです。
私は数ある村の中でも、教会の絵が一番綺麗な「ブルサナ」(Barsana)というところに惹かれました。
カフェの人に聞くと、「ブルサナ」へは駅前のアウトガラからバスがあるといいます。
私はコーヒーの最後の一口をすすり、「ブルサナ」という地名に赤丸を付けました。
旅行時期:2003年5月
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