一生囚われの身になるか、裏切者として生きるか
──1人の青年のぎりぎりの選択。
パレスチナの今を生き抜く若者たちの青春を鮮烈に描いた衝撃作。
映画の舞台は、パレスチナ自治区。
この映画『オマールの壁』(عمر)は、イスラエル占領下のパレスチナにおける若者たちを描いたドラマ映画です。
映画のスタッフはすべてパレスチナ人、撮影もすべてパレスチナで行われ、100%パレスチナ資本。
現在進行形で行われているイスラエル支配下のパレスチナ人の生活をリアルに描いた作品として、世界中で高い評価を受けている作品です。
パレスチナ自治区とは?
パレスチナとは、現在のイスラエルの「ヨルダン川西岸地区」、および「ガザ地区」からなる地域を指します。
19世紀末より、ヨーロッパではパレスチナの地にユダヤ人の国を建設しようという「シオニズム運動」が起こり、多くのユダヤ人がこの地域に移民してきました。
20世紀以降、パレスチナにおけるユダヤ移民の数は急増し、もともと住んでいたアラブ人と衝突するようになります。
そこで、この地を統治していた英国は、この問題の解決を国連に要請。
1947年、国連はパレスチナ分割を決議しました。
しかし、この決議は少数派であるユダヤ人に国土の大部分を割り当てるもので、アラブ人にとっては受け入れ難いものでした。
1948年、英国によるパレスチナの統治が終了します。それと同時にユダヤ人はイスラエルの建国を宣言。そして、その翌日、近隣のアラブ諸国(エジプト・ヨルダン・シリア・イラク)はイスラエルに侵攻を開始します(第一次中東戦争)。
戦争はイスラエルの勝利に終わり、ヨルダン川西岸地区、およびガザ地区以外の場所はイスラエルに支配されることとなり、70万人以上のパレスチナ人が故郷を追われ、ヨルダン川西岸地区、およびガザ地区へと逃れていくこととなりました。
その後、1967年の第三次中東戦争において、イスラエルは再びアラブ諸国に勝利し、ヨルダン川西岸地区、およびガザ地区をも占領下に置くこととなります。
以後、パレスチナ地区は、イスラエルの直接的、もしくは間接的な支配下に置かれることとなり、その状況は現在も続いています。
パレスチナ人の日常を分断する「分離壁」
ヨルダン川西岸地区のイスラエル支配状況(映画パンフレットより)
上の地図は、ヨルダン川西岸地区のイスラエルの支配状況です。
「パレスチナ自治区」とは言うものの、パレスチナ人が行政権・警察権を持っている地域は全体の17.2%に過ぎず、かなりの地域がイスラエルの直接支配下にあります。
そして、イスラエルはこの地へのユダヤ人の入植を進めており、年々その支配地域は拡大していく傾向にあります。
さらに、イスラエルは「パレスチナ人による自爆テロを防ぐためのセキュリティ・フェンス」という名目で、2002年より「分離壁」の建設を開始しました。
高さ8m、全長700㎞にもおよぶこの分離壁は、ほとんどがパレスチナ自治区領内に作られ、パレスチナの人々の生活圏を分断することとなっています。
ドラマは、そんな「分離壁」によって生活圏を分断された若者「オマール」の日常を舞台として進行していきます。
占領下で生きる若者たちの愛と友情の現実とは?
パレスチナの町で、両親や姉弟とともに暮らすオマール(アダム・バクリ)。
彼は、分離壁の向こうに暮らす幼馴染の友人タレク(エヤド・ホーラーニ)やアムジャド(サメール・ビシャラット)に会うため、イスラエル軍の監視をかいくぐりながら毎日のように壁をよじ登っていました。
軍の監視に見つかると狙撃されるので、友達に会いに行くだけで命懸けです。
オマールは、タレクの妹のナディア(リーム・リューバニ)と密かに恋人関係にありました。
彼女に会うことも壁を越えていく大きな理由のひとつです。
「分離壁」
イスラエル軍に支配され、不当な暴行や侮蔑を受け続ける彼らの毎日。
そんな状況に黙って従っているわけにはいきません。
オマールとタレク、アムジャドは、パレスチナの解放を目指す武装組織「エルサレム旅団」の影響下のもとで、イスラエル軍に対する襲撃を計画していました。
ある夜、襲撃は実行され、イスラエル兵のひとりにアムジャドが撃った弾丸が命中するのですが、数日後にオマールは容疑者としてイスラエルの秘密警察に拘束されてしまいます。
拷問を受けても口を割らなかったオマールですが、秘密警察の捜査官ラミ(ワリード・ズエイター)の策略によって罠に嵌められ、一生囚われの身になるか、裏切者として生きるかの選択を迫られることとなるのです。
タレクの逮捕に協力するふりをして、釈放されるオマール。
けれども、彼らの仲間内の間では、オマールは裏切り者だという噂が広まっていました。
その噂は恋人であるナディアにまでも。
オマールは、タレクとアムジャドとともに、オマールの立場を逆に利用した待ち伏せ襲撃作戦を実行するのですが、作戦は失敗。
再び拘束されたオマールと面会したラミ捜査官の言葉から、オマールは本当のスパイが誰なのかを知ることとなるのです。
そして、そのスパイもまた、オマールと同じように、ラミに人生のすべてを壊されるか、裏切り者として生きるかの選択を迫られたのだということも・・・。
自分たちの友情も、愛も、狡猾なラミ捜査官の策略によって壊されたオマール。
そして、彼は、ある決意を胸に、ラミ捜査官に電話をかけるのです。
「占領」という狂気の状況下における人間関係、そして、それぞれの人間の心理
オマール(アダム・バクリ)
イスラエルがヨルダン川西岸地区に建設した「分離壁」は、イスラエルと西岸地区を隔てるために作られたのではなく、パレスチナ人を分断させることが目的で建てられたものです。
「分離壁」は、場所によっては町を二分していることもあるのだそうで、壁越えは日常的に行われれているのだそうです。
パレスチナ人の人々の生活を分断する「分離壁」は、この映画を象徴する存在です。
イスラエルの秘密警察のラミ捜査官は、物理的な壁だけではなく、オマールやタレク、アムジャド、ナディアの間に心理的な壁をも築こうと策略します。
その策略は見事に成功し、オマールたちはお互いの信頼関係が揺らぎ、疑心暗鬼に苛まれてしまうのです。
この作品の監督「ハニ・アブ・アサド」は、作品の主題についてこのように語っています。
『オマールの壁』の主題は”信頼”であり、人間関係においていかに信頼が重要か、そしてそれがいかに不安定であるかを描いている。信頼は、愛、友情、そして忠誠心の要だ。目に見えないため漠としているが、非常に強いものでもあり、同時にもろくもある。
『オマールの壁』パンフレットより
この映画は、パレスチナの現状を訴えた政治的な作品ではありません。
「占領」という狂気の状況下における人間関係、そして、それぞれの人間の心理が描かれているのです。
この映画で表現されている内容は、イスラエル占領下のパレスチナで毎日のように営まれているリアルな現実です。
『オマールの壁』は、「占領」という状況下において、人間はどのようになるのかという普遍的な内容を描いた作品なのです。
作品は、ドラマとしても一級品。
複雑な展開と錯綜する心理的交錯は息を吐かせないほど。
主演のオマールを演じたアダム・バクリの寡黙で抑えた演技も見事。
『オマールの壁』は、発表されるや否や、世界中で絶賛され、多数の映画賞で受賞・ノミネートされました。
2016年の、ぜひ見るべきNo.1の映画だと思います。
第86回 アカデミー賞 外国語映画賞 ノミネート
第66回 カンヌ国際映画祭 ある視点部門 審査員賞受賞
第27回 AFIフェスト 監督賞 ノミネート
第7回 アジア太平洋スクリーン・アワード 作品賞受賞
第7回 アジア太平洋スクリーン・アワード 主演男優賞 ノミネート
第10回 ドバイ国際映画祭 アラブ長編コンペティション 監督賞/作品賞受賞
第22回 キャメリメージ国際映画祭 シルバー・フロッグ賞受賞
第40回 ゲント国際映画祭 青年審査員 作品賞受賞
第51回 ニューヨーク映画祭 グラン・マルニエ・フェローシップ賞受賞 作品賞ノミネート
第25回 パームスプリングス国際映画祭 外国語映画賞 ノミネート
第32回 ファジル国際映画祭 イスラミック・フィルムメーカー・コンペティション監督賞受賞
第24回 トロムソ国際映画祭 ノルウェー平和映画賞 受賞
キャスト
オマール :アダム・バクリ(Adam Bakri)
タレク :エヤド・ホーラーニ(Eyad Hourani)
アムジャド :サメール・ビシャラット(Samer Bishrarat)
ナディア :リーム・リューバニ(Leem Lubany)
ラミ捜査官 :ワリード・ズエイター(Waleed Zuaiter)
スタッフ
監督・脚本・制作 :ハニ・アブ・アサド(Hany Abu Assad)
コメント