たくさんの民族が暮らす街で
音楽コンクール”タレンタイム”に挑戦する
かけがえのない青春を描く
多民族の共生と融和を訴えたヤスミン・アフマド監督の珠玉の遺作
2009年、51歳の若さで急逝したマレーシアの女性映画監督「ヤスミン・アフマド」
多民族社会マレーシアをバックボーンに持つ彼女は、様々な民族や宗教が混在する社会を描きながら、その多様性を肯定し、その垣根を越えるような作品を作り続けてきたアジア新世代の映画監督の代表的存在。
2009年に発表されたこの作品『タレンタイム 優しい歌』は、惜しまれながらもこの世を去った彼女の遺作。日本初公開です。
映画の舞台はマレーシア。
マレー半島とボルネオ島の一部からなるこの国は、マレー系が56%、19世紀の半ばに移民してきた中国系が24%、19世紀末に移民してきたタミル系(インド系)が7%、先住民族系が11%の多民族国家として知られています。
言語はマレー語、中国語、タミル語、英語が話されており、信仰する宗教も多様で、主にマレー系が信仰するイスラム教、中国系が信仰する仏教・儒教・道教、タミル系が信仰するヒンドゥー教、そして、キリスト教信者も少なからず存在します。
マレーシアでは、イギリスからの独立後、1970年代から経済的に豊かな中国系と先住民であるマレー系の差異を埋めるべく、マレー人(および先住民族)優遇政策である「ブミプトラ政策」がとられてきました(2000年代以降、その政策の見直しが図られているようです)。
それぞれの民族が自らのアイデンティティーを保ちつつ、それぞれの思惑を抱えながらも共存している国、それがマレーシアなのです。
そんな、様々な民族が共に通う高校を主舞台に物語は展開していきます。
学生たちの芸能コンテスト「タレンタイム」が開催
とある高校。学校の中心的な教師である「アディバ先生(アディバ・ヌール)」の発案により、学生たちの芸能コンテスト「タレンタイム」が開催されることが決まりました。
物語は、「タレンタイム」に参加する「ムルー」「ハフィズ」「カーホウ」、そして、ムルーのバイク送迎を任された「マヘシュ」の4人の高校生を中心に展開されます。
「ムルー(パメラ・チョン)」は、マレー系とイギリス系の血を引く、ピアノが上手な女学生。家庭はムスリム(イスラム教)で、両親は進歩的な考えの持ち主。
「ハフィズ(モハマド・シャフィー・ナスウィッブ)」は、マレー人のムスリムで、学業優秀でギターも歌も得意な転校生の青年。母は末期の脳腫瘍で入院中です。
「カーホウ(ハワード・ホン・カーホウ)」は、中国系の青年で、ハフィズが転校するまでは校内一の成績を取っていました。二胡の腕前が見事。
「マヘシュ(マヘシュ・ジュガル・キショール)」は、インド人ヒンドゥー教徒の青年。母と姉の三人暮らしです。彼は耳が聞こえないため、手話で会話をしています。
「タレンタイム」のコンテストを受けるムルーたち。
コンテストが進行していく中、ムルーはバイク運転手のマヘシュに恋心を抱き、マヘシュとささやかな愛を育むようになったり、カーホウが学業でもコンテストでも自分の上をゆくハフィズに敵愾心を抱いてハフィズを貶めるような行為をしてしまったりと、日本のドラマでもよくあるような青春群像劇が展開されていきます。
けれども、そんなドラマの中に多民族国家ならではの民族や宗教の違いに起因する出来事や、それぞれのキャラクターの感情などが織り込まれているところが、この『タレンタイム 優しい歌』という映画の違うところ。
イスラム教徒に対して反感を持つマヘシュの母。マヘシュとムルーとの仲を快く思わず、しかも、彼女の最愛の弟がイスラム教徒に殺されてしまう不幸も起こってしまい、その敵意は増すばかり。
進歩的な考えを持つムルーの両親ですが、家に訪れた友人は、メイドとして雇っている中国系のメイリンに対して嫌悪感をむき出しにします。
マレー系のハフィズに成績トップの座を奪われてしまったカーホウ。彼はハフィズの成績が良いのはマレー系優遇政策である「ブミプトラ政策」のおかげだと思い込んでいます。
マレーシアという多民族社会に暮らす人々の心情を、ヤスミン監督は人々の何気無い日常を通して鮮やかに描き出していきます。
ヤスミンが描いた多民族国家マレーシアの夢
I Go – Talentime
この映画『タレンタイム 優しい歌』では、作品中の言語として、英語、マレー語、中国語、タミル語が使われています。
多民族国家であるマレーシアにおいて多言語が使われるのは普通な気がしますが、これはマレーシアという国の中では特別なことなのです。
なんでも、マレーシアではマレー人優遇政策が映画の世界でも適用されていて、マレー語以外のセリフが含まれる映画は「外国語映画」と見なされ、国内での上映機会が著しく制限されていたのだとか。
そんな状況に一石を投じたのが、2000年頃から登場し始めた「マレーシア新潮流」と呼ばれる映画人たち。
彼らは、国内での上映機会制限に拘らず、多民族・多言語・多宗教のリアルなマレーシア社会を描いた作品を制作し、国外で高い評価を得ることとなりました。
そんな「マレーシア新潮流」の運動を牽引したのが、ヤスミン・アフマド監督なのです。
ちなみに、現在、マレーシアの映画界では言語に関する規定が外され、多言語が話される映画も上映の機会が増えているのだそう。そして、それらの作品は“ヤスミン的”な映画と呼ばれているのだとのこと。
タレンタイムの決勝の舞台。
マレー人のハフィズがギターを奏で歌う中、中国系のカーホウが二胡で伴奏するシーンがあります。
対立していた二人、マレー系と中国系の二人が奏でるハーモニー♪
多民族社会マレーシアのリアルを表現し、作品を通して各々の民族を肯定し、その融和を訴え続けたヤスミン・アフマド監督の夢が表れているようなシーンでした。
若者たちの青春の風景を描きつつ、異民族・異宗教間の共生と融和について考えさせられる映画『タレンタイム 優しい歌』
民族や宗教の違いが生み出す偏見や敵意に翻弄されながらも、家族を愛し、恋をし、夢を追い、日常を生きるムルーたちの姿が心を打ちます。
バックに流れるピート・テオの美しい音楽を聴きながら、涙が止まりませんでした。
キャスト
ムルー :パメラ・チョン
マヘシュ :マヘシュ・ジュガル・キショール
ハフィズ :モハマド・シャフィー・ナスウィッブ
カーホウ :ハワード・ホン・カーホウ
スタッフ
監督・脚本 :ヤスミン・アフマド
音楽 :ピート・テオ
撮影 :キョン・ロウ
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