インドのチベットと言われる「ラダック地方」は、インド北西部、ジャンムー・カシミール州のヒマラヤ山脈に囲まれた標高3,000mを越える高地にあります。
ラダックでの主な見所は「ゴンパ(僧院)」です。バスやタクシーに乗って方々に点在するゴンパを見て回るのがラダックの楽しみ方。
レーから南東へ向かう「レー~マナリ」の街道沿い、インダス川沿いの地域は「上ラダック」と呼ばれており、大きなゴンパがいくつも点在しています。
今回は、「上ラダック」のゴンパ巡り。4つのゴンパをご紹介します。
チベット仏教最大の宗派「ゲルク派」の最も重要なゴンパのひとつ「ティクセ・ゴンパ」
レーの南東19キロの街道沿い。小さな村の裏手の岩山の上に巨大なゴンパが建っています。
ラダックを代表するゴンパのひとつ、「ティクセ・ゴンパ」(Thikse Gompa:लद्दाख़)です。
「ティクセ・ゴンパ」は複雑な形状をしています。山の斜面に白い僧坊の群れが積み重なるようにして建ち並んでおり、頂上には臙脂と黄色に塗られた本堂の建物があります。
まるで城砦のように見える勇壮な姿、溜息が出るくらい立派なゴンパです。
岩山の上にある入り口に向かって、坂道を登り始めます。
高地の真っ青な空に映える白い僧坊が、強烈な日差しを照り返し目に眩しいです。麓には藁を被った素朴な家々が並び、その脇には緑のポプラの並木が鮮やかに映えていました。
坂道の中腹から、荒涼たる岩山の聳え立つ風景を眺めます。空気が薄いため遥か遠くまで見渡せます。
向こうの山の中腹には、別のゴンパの姿がやけにはっきりと見えますが、恐らく10キロ以上の距離があります。
広大な土地、辺りは静寂に包まれていました。
けれども、よく耳を澄ますと、ラダックを構成する様々な音が微かに聴こえてくるのがわかります。
風にそよぐポプラのざわめき、遠くの道端でマニ車を回す音、麓の農家で脱穀をする音。
ここの脱穀は変わっています。10頭ほどのロバを横一列に繋いで支柱を中心に回転させ、地面に敷かれた小麦の束の上を踏ませることにより脱穀させるのです。
農家のおばちゃんに尻を叩かれ、粛々と回転しているロバたちの歩く音と、おばちゃんのけしかける声とが辺り一帯に響き渡っておりました。
坂道をふうふう言いながら登っていると、ゴンパの方から腹に響くような低い音が聴こえてきました。
地鳴りのような音、恐らくチベットの典礼音楽に使われる長さ5メートルにも及ぶ巨大なホルン「トゥン・チェン」の音でしょう。
そして、その「トゥン・チェン」の低音を突き破る鋭い金属音と、パタパタとでんでん太鼓のような乾いた音がおもむろに聴こえてきます。
「ティブー(ベル)」と「ダマル(太鼓)」でしょう。
練習をしているのか、その音は始まっては止み、止んでは始まりました。
「ティクセ・ゴンパ」はチベット仏教の一派、ゲルク派のゴンパです。
ゲルク派は15世紀に成立したチベット仏教の中でも最も新しい宗派。ダライ・ラマやパンチェン・ラマも所属する最大の宗派でもあります。
そのゲルク派の中でも重要なゴンパのひとつである「ティクセ・ゴンパ」は15世紀半ばに建てられました。現在100名ほどの僧が修行をしているのだそうです。
私は、「ティクセ・ゴンパ」のいくつかあるゴンパのお堂を見学させてもらうことにしました。
見目麗しい「チャンパ(弥勒)大仏像」
お堂の中で特に印象に残ったのは「チャムカンのお堂」です。
ここは1980年に造られたという新しいお堂ですが、真ん中に鎮座する「チャンパ(弥勒)大仏像」が素晴らしかったです。
高さ15メートルのこの仏像は、ラダック最大の大きさを誇るそうです。
金色に輝く端正で女性的なそのお顔。強く厳しいようでいて優しく温かく、惚れ惚れとしてしまうほど見目麗しいお姿です。
チャンパ仏は5人の如来の描かれた冠や巨大な耳飾りを着けていました。
赤や緑、オレンジなど様々な色で彩られたその容姿は、日本では考えられないくらい華やかです。
こちらは、街道沿いに置かれていた「マニ・ラカン」
「マニ車」とは、側面にマントラが刻まれ、中に「オムマニペメフム」という観音の真言が書かれた経文が入った道具のこと。
携帯可能な小さな「マニ・ラコー」から寺院の側壁にズラリと並んだ「マニ・コロ」、本堂にどっしりと置かれた数メートルもの大きさのある「マニ・ラカン」など種類は様々です。
「マニ車」は右回しでまわします。一回まわすと、一回お経を読んだのと同じ功徳が得られるのだそうです。
街道沿いに置かれていた「マニ・コロ」の前には、子供たちがいました。
子供たちはとってもシャイでした。
「カギュ派」最高位のゴンパ「ヘミス・ゴンパ」
レーの南東約45キロにある「カギュ派」最高位のゴンパが、「へミス・ゴンパ」(Hemis Gompa)です。
17世紀、ラダック王国最盛期の王「センゲ・ナムギェル王」によって招かれた「タクツァン・レーパ」によって創建されたゴンパで、500人ほどの僧が修行を行っているのだそうです。
「ツォカン」のお堂にある黄金の釈迦牟尼です。堂内では僧たちが読経をしていました。
「へミス・ゴンパ」では、あまり多くのお堂を見せてはもらえませんでした。小坊主たちもいそいそとしており、「鍵を開けて欲しいんだけど」と頼んでも生返事をしたきりで、どこかへと行ってしまいます。
訪れた時間が午後遅くだということもあり、観光客の相手をしている暇はなかったのかもしれません。
仕方なく、私は、この「ツォカン」を見学することだけで満足することにしました。
この「へミス・ゴンパ」では毎年6~7月にラダック最大の祭り「ツェチェ祭」が行われます。
祭りのメインは盛大な仮面舞踏。その神秘的な様子を観に世界中から観光客が押し寄せ、ゴンパの中庭は人で埋め尽くされるのだそうです。
しかしながら、9月のゴンパは閑散としたもの。
写真は、私にちょっかいを出し続けた愛嬌のある小坊主です。
彼らにとって訪れる観光客の存在は、変化の少ない日常における、一種のスパイスのようなものなのかもしれません。
彼、嬉しそうでした!
このゴンパには小坊主が多く修行しているようです。
「へミス・ゴンパ」は、街道沿いから外れた岩山に囲まれた場所にあるため、アクセスが困難です。
レーから1日2便のミニバスが走っているのですが、私は別のゴンパから歩きとヒッチハイクでここに辿り着きました。
帰りの交通手段もなかったのですが、ちょうどリッチなインド人の観光客がジープをチャーターして見学に来ていたため、ついでに乗せてもらってレーに帰りました。
もし、彼らがいなかったらお寺に泊まることになったと思います。
インダス川を見下ろす丘の上にある「スタクナ・ゴンパ」(カギュ派)
「スタクナ・ゴンパ」(Stakna Gompa)は、ティクセ・ゴンパから南東へ5キロ、街道からインダス川を渡った向こうの岩山の上にあります。
「スタクナ・ゴンパ」はカギュ派のゴンパ。17世紀初頭の創建で現在300名の僧が所属しているのだそうです。
明るい灰色に光り輝くインダス川。そこに架かる吊り橋を渡り「スタクナ・ゴンパ」へと向かいます。
吊り橋には五色のタルチョがバタバタとはためいておりました。
対岸の荒野の中に、ぽっかりと島のように建つ岩山の上に白い小さなゴンパが見えます。
あれが「スタクナ・ゴンパ」。岩山を登り、ゴンパの中に入っていきました。
「スタクナ・ゴンパ」は「ティクセ・ゴンパ」とは異なり、ほとんど観光客が訪れることはないようです。
中に入るとすぐに口髭を生やしたおじさんの僧が現れました。小柄で痩せぎすの、まじめそうなそのおじさんは、親切にも、お堂をひとつひとつ案内してくれました。
写真は、私の持っていたガイドブックを興味深そうに読む僧たち。
私はおじさんに付き従い、白い外観の「スタクナ・ゴンパ」内部のお堂に入っていきました。
すると、周囲はいきなり豪華絢爛とした極彩色の世界に埋め尽くされます!
四方の壁と天上に隙間なく埋め尽くされた仏画、キラキラと輝く黄金の仏像、緻密に描かれた曼荼羅やタンカ・・・。
眩いばかりの色彩の狂瀾です!
ラダックのゴンパはどれもそうですが、外観のモノトーンぶりと内部の煌びやかさとのコントラストが強烈。
延々と続く単調な色彩の外の荒野から、お堂に一歩足を踏み入れたときのインパクトは、凄まじいものがあります。
「スタクナ・ゴンパ」から見える上ラダックの風景です。
高度3,500メートルの静寂。 強い日差しと冷たい風が生命を脅かす、不毛の岩山と岩漠に囲まれた鉱物世界です。
人や動物、植物といった生命は、そんな苛酷で無機的な大自然の中、身を寄せ合うようにして生きているのです。
岩山全体が僧坊と化した「チェムレ・ゴンパ」は、とってもフォトジェニック!
「スタクナ・ゴンパ」から更にインダス川沿いに南西に15キロほど。
そこから枝分かれした街道を北東へしばらく向かうと「シャクティバレー」があります。その「シャクティバレー」の中ほど、チェムレ村でミニバスを下車しました。
バスを降り、畑やポプラの木々が生える一本道をぶらぶらと歩いていくと・・・。
岩山がまるごと僧房と化した、まるで山岳都市のようなゴンパが見えてきました。
「チェムレ・ゴンパ」(Chemrey Gompa)です。
一本道をゴンパへと向かって歩いていきます。
次第に近づいてくる迫力のあるゴンパ。壮観です。
「チェムレ・ゴンパ」は、高さ約140メートルの岩山の上に建てられたゴンパ。17世紀半ばの創建、カギュ派のゴンパです。
とてもフォトジェニックなゴンパなのですが、観光客の姿はほとんどありません。
村には宿も食堂も一切ありません。
ふもとのチェムレ村は、インダス川の支流が流れているため緑に溢れています。
荒涼とした鉱物世界を歩いてきた旅人にとって、木々の緑はまさにオアシス。
緑があるというだけで、辺りの空気がやわらかみを帯びてくるかのようです。
収穫を終え農閑期を迎えた畑は色彩を失い、周りを取り囲む岩山に溶けていきます。
もうしばらくすると、厳しい冬が始まるのでしょう。
岩山の上の僧房へと登っていきます。
標高3,500メートルでの山登りはかなりの難作業。息も絶え絶えに登っていきました。
岩山を登りきり、ゴンパの中に入ると、老僧と小僧が現れました。
穏やかな表情をした彼らは私を温かく迎え入れ、いくつかのお堂を案内してくれました。
このゴンパには約300人の僧が所属、50人ほどが常駐しているのだそうです。
古色蒼然とした堂内でおもむろに読経を始める老僧
古色蒼然とした堂内でぼんやりと壁画を眺めていると、どこからか老僧がひとりやってきました。
老僧は、どっかりと腰を降ろします。 そして、おもむろに読経を始めました。
薄暗い堂内、誇りっぽく乾いた空間、抹香の匂い。
僧の口から紡ぎ出される静かでうねるような読経の声・・・。
蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れています。
荒涼たる岩山に響き渡る僧たちのラッパ
「チェムレ・ゴンパ」の屋上に昇ると、付近の荒涼たる岩山が見渡せました。
「シャクティバレー」はラダックの中でも緑が多い方の地域ですが、それでも風景の大半を鉱物的な景観が覆っています。
私を案内してくれた老僧と小僧が、屋上の一段高い庇の上に上りました。
そして、おもむろに手元から銅製の細長いラッパを取り出します。
息を吸い込み、思い切り吹きます。
「ブォ~ッ・・・」
素朴な音がラダックの硬質な空気を震わせます。
「ブォ~ッ・・・」
一生懸命吹く、ふたりの頬っぺた。
「ブォ~ッ・・・」
ラッパの音は、荒涼とした大地にどこまでも拡散していき、 そのうち、天上に広がる空の中に吸い込まれていってしまいました。
旅行時期:2003年9月
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