ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボにある「ホテル ホリデー(Hotel Holiday)」。
1992年~1995年のボスニア紛争時も、唯一営業を続けたホテルです。
そんな歴史あるホテルに泊まってみたいと思い、今回宿泊しました。
歴史あるホテル「ホテル ホリデー(旧 ホリディ イン)」
モスタルを早朝に出発して、列車でサラエボまでやってきました。
サラエボ中央駅から、徒歩10分ちょっとくらいの大通り沿いに、宿泊する「ホテル ホリデー(Hotel Holiday)」はあります。
黄色の外観が派手で目立つので、迷わず到着することができました。
ホテル ホリデーは、1992年~1995年のボスニア紛争時にも、唯一営業を続けたホテルで、世界中のジャーナリストがこのホテルに宿泊し、紛争の取材を続けていたという、歴史あるホテルです。
当時は、ホテルチェーンの「ホリディ イン(Holidy Inn)」だったそう。
そして、ホテルの脇を走るこの大通りは『スナイパー通り』と言われていて、ここを通るものは全てセルビア人スナイパーの標的になっていたということ。。
子供も女性も関係なくすべての人、人だけでなく動くもの全てが狙われていたというのです。
この通りは、トラムも走っていて、この日はお天気も良く穏やかな様子。
この写真の風景からは想像もできないようなことが、ほんの25年ほど前に起こっていたとは。。
信じられないけど、当時の砲撃を受けたままの状態で残されている建物などを目の当たりにすると、本当に起こったことなんだと胸が痛くなります。
25年前ということは、今の20代後半から30代の若い人たちも、戦争を経験しているということですよね。何だか、色々考えさせられます。。
ホテルの入口には、五輪マークが描かれていました。
そう、ホテル ホリデー(旧 ホリディ イン)は、1984年のサラエボ冬季オリンピックの際に開業しました。
そのホテルが、その後戦争のただ中、唯一営業を続けて、情報の発信地になっていたとは。
まさに、サラエボの歴史を見続けてきたホテルです。
社会主義時代を思わせる雰囲気・デザインが印象的
正面のエントランスを入ると、吹き抜けのロビーが広がっています。
社会主義時代を思わせる雰囲気・デザインが印象的。
レセプションも、レトロでいい感じです。
ソファで寛ぐ人たち。
こういった感じの大型ホテルに泊まるのが久しぶりだったので、なんだか新鮮です。
エントランス側は、一面ガラス張りになっていて、明るい雰囲気。
古めかしい部分もあるけど清潔に保たれている室内
さて、お部屋のご紹介。
広さ的には十分です。
ヨーロッパのベッドって、何だか細長いベッドが多い気がするのですが、セミダブルくらいのサイズが2台あって、ゆったりです。
内装は、極めてシンプル。
余計な装飾などもありません。
一見、新しく見えますが、ところどころ古さが見え隠れしています。
洗面所も必要最低限で、洗面用具を置くスペースが少なかったり、ドライヤーがホースになってるかなり古めかしいタイプ。
不便ではないけど、もうちょっと!という感じです。
ただ、ホテルの予約サイトとかで写真を見ると、リノベーションされたお部屋もあるようで、かなり新しくて綺麗なお部屋もある様子。
シャワーはバスタブ付きですが、ガラスの仕切りが途中までしかないタイプ。
この仕切りが、開閉可能というか、動くようになっているので、下に隙間があるらしく、水がトイレの方に飛び散りびしょびしょになってしまうところがマイナスポイントかな。
古めかしい部分もありましたが、清潔に保たれているので問題なしです。
あ、ひとつ、夜にフロントで翌朝のタクシーをお願いしたのですが、英語が思うように通じず、「あなたたち、英語分かる?」みたいに言われ(女性)、ちょっとムッとしたのですが、まぁタクシーの予約ができればいいやと思っていたら、翌朝時間を過ぎてもタクシーは現れず。。
通じてなかったのか、意地悪されたのか(笑)。。
再度、フロントの男性にお願いすると、とても優しく、タクシーの手配をしてくれました。
困ったときの優しさは、身に沁みますね。ありがとう!
1泊のみで、またまた早朝出発だったので、ホテルでゆっくりすることはほとんどできませんでしたが、サラエボの歴史ある「ホテル ホリデー(Hotel Holiday)」で、思いを馳せることができ、貴重な経験ができました。
ホテル ホリデー(Hotel Holiday)の地図
- 住所:Zmaja od Bosne 4, Sarajevo 71000 ボスニア・ヘルツェゴビナ
ヨーロッパのホテル
https://search-ethnic.com/travel/hotel-holiday
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