2017年11月25日(土)から2018年1月8日(月・祝)まで。東京の西高島平にある板橋区立美術館にて、展覧会『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』が開催されました。
「タラブックス(Tara Books)」とは、南インド・チェンナイにある、インドの民俗絵画をシルクスクリーン版画で印刷し手製本した「ハンドメイド本」で知られる出版社のこと。
インドの伝統文化を大切にしながらも、固定概念にとらわれない画期的な本を生み出し続け、2008年にハンドメイド本『夜の木』が「ボローニャ・ラガッツィ賞」を受賞するなど、世界的に高い評価を受けている出版社です。
日本でも『夜の木』(タムラ堂)や『水の生きもの』(河出書房新社)など10冊以上が翻訳出版され、人気が広まってきています。
そんな、「タラブックス」の美しい本を展示紹介する展覧会『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』
会期ぎりぎりでしたが、観てきましたのでご紹介致します★
少数民族の絵を取り上げ、絵本という形で世界に紹介
「ボローニャ・ラガッツィ賞」を受賞した『夜の木』
「タラブックス」は、1994年に設立され、ギータ・ウォルフとV・ギータという2人のインド人女性が中心となって活動しています。
彼女たちが作る本に描かれている絵の多くは、中央インドの森や西部の砂漠地帯の村に暮らす少数民族が描いたものです。
ヒンドゥー教やイスラム教の世界に属さず、太陽や木、動物などの自然を敬い、独自の価値観を守ってきた彼らは、家の壁や床に日常的に絵を描いてきました。
そんな少数民族の絵を「タラブックス」は、取り上げ、絵本という形で世界に紹介したのです。
『新釈筆 ブレア・ラビット』絵:ジャグディーシュ・チータラー/文:アーサー・フラワーズ(ハンドメイド本)
『サルのしゃしんや』絵:スワルナ・チトラカール/文:ギータ・ウォルフ
『木のこと』絵:ガングー・バーイ/文:ギータ・ウォルフ、V.ギータ
『木のこと』
タラブックスの絵本の特徴は、オフセット印刷機械で印刷される通常の本と違い、シルクスクリーン印刷で刷られているということ。
ページは、1ページずつ、1色ずつ、職人が手作業で刷っているそうで、1冊の本を作るのに何十回も刷り作業をする必要があり、3000部の本をつくるためには20人で約3ヶ月の時間がかかるのだとか。
展覧会入り口の垂れ幕
階段にもタラブックスの絵が!
展覧会会場の様子
さて、「タラブックス」の絵本を紹介する展覧会『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』
全国巡回するという展覧会の皮切りが、ここ板橋区立美術館での開催です。
さあ、展覧会場で展示されていた絵の中で、目を引いた作品をご紹介いたします★
ミティラー画
『水の生きもの』絵と文:ランバロス・ジャー(ハンドメイド本)
『水の生きもの』(幸運の魚・海中のタコ・ヘビ祭り・旧友)
こちらは、インド東部ビハール州の伝統芸術であるミティラー画のアーティスト「ランバロス」の絵画を絵本にした『水の生きもの』
描かれているのは、ランバロスが生まれ育ったガンジス川の辺りの水の生きものたちです。
優美で繊細な線で描かれた動物たち。
ユーモラスでインパクトがあります。
『黒 ある画家のトリビュート』絵と文:サントーシュ・クマール・ダース(ハンドメイド本)
こちらもミティラー画。
『黒 ある画家のトリビュート』。ミティラー画家のサントーシュ・クマール・ダースが自らを回顧する作品です。
ミティラー画は2色以上で描かれるのが普通だそうですが、本作は1色で描いており、芸術様式の幅を広げて描かれているのだとのこと。
『希望とはフルーツを売る少女』絵と文:アムリタ・ダース
『希望とはフルーツを売る少女』は、ミティラー画のワークショップに参加した画家アムリタ・ダースが、自宅から会場までの道中に目にした旅の経験を物語にまとめて描いた作品。
線路の絵が印象的。ビハールの村から来た少女にとって鉄道はインパクトあったのでしょうね。
『筆にみちびかれて』絵:ドゥラーリー・デヴィ/文:ギータ・ウォルフ
作者ドゥラーリー・デヴィは、家政婦として働きに行った家で女性アーティストが絵を描くのを見て心を奪われ、自身もアーティストの道を歩むこととなりました。
『筆にみちびかれて』は、そんなデヴィの成長物語です。
『夜の木』
『夜の木』絵:バッジュ・シャーム、ドゥルガ・バーイ、ラーム・シン・ウルヴェティ/文:ギータ・ウォルフ、シリシュ・ラオ
こちらは、展覧会のポスターの絵にも採用されているタラブックスの絵本の代表作『夜の木』
3人のゴンド族の画家バッジュ・シャーム、ドゥルガ・バーイ、ラーム・シン・ウルヴェティが、夜の間に別の姿を見せる木の物語を描いた絵本です。
ゴンド族にとって木は再生と成長の力の象徴であり、動物や鳥、植物、人間とともに描かれるのだとのこと。
この作品はボローニャ・チルドレンズ・ブックフェアでラガッツィ賞を受賞するなど、世界で高く評価され、現在までに8か国語に翻訳されているのだとか。
『夜の木』(タムラ堂)
こちらは、日本語に翻訳された『夜の木』
タムラ堂から3,200円で販売されていますが、すぐに品切れになってしまうようです(現在は第6刷が売り切れ中)。
原画『蛇と大地』バッジュ・ジャーム
原画『蛇の頭の木』ドゥルガ・バーイ
『夜の木』の原画
写真家・松岡宏大氏が撮影した『夜の木』の画家の村の写真
『夜の木』を見る人たち
『夜の木』の展示会場では、各国の『TREE』の表示がずらり!
写真家・松岡宏大氏が撮影した『夜の木』の画家の村の写真も展示されています。
絵本の木の絵も素晴らしいけど、松岡氏が撮影した村の様子も素晴らしいです★
ゴンド画
『ロンドン・ジャングル・ブック』絵:バッジュ・シャーム/文:バッジュ・シャーム、ギータ・ウォルフ、シリシュ・ラオ
『ロンドン・ジャングル・ブック』
『ロンドン・ジャングル・ブック』
『ロンドン・ジャングル・ブック』
『ロンドン・ジャングル・ブック』の絵は、ゴンド族の画家バッジュ・シャームによる作品。
バッジュ・シャームは、ロンドンのインド料理店の壁画を描くために、はじめて自分の村を出てイギリスに訪問しました。
その体験をもとに描かれたのが本作品です。
生きものたちと、タワーブリッジ、ビッグベン、ロンドンバス。
他にはない独特のデザイン感覚です★
『森にひとり』絵:バッジュ・シャーム/文:ギータ・ウォルフ/デザイン:アンドレア・アナスタシオ
こちらも、ゴンド族の画家バッジュ・シャームによる作品『森にひとり』
森の中で迷子になった子供ムサを主人公に、子供の頃に経験する恐怖を描き出した作品です。
『世界のはじまり』絵:バッジュ・シャーム/文:ギータ・ウォルフ(ハンドメイド本)
『世界のはじまり』
原画『原初の卵』バッジュ・シャーム
原画『そして大気が』バッジュ・シャーム
原画『地中の作り手』バッジュ・シャーム
『世界のはじまり』絵:バッジュ・シャーム/文:ギータ・ウォルフ(ハンドメイド本)
この作品『世界のはじまり』は、ゴンド族に伝わるこの世の創世神話(地球や大地、空気、水、時間、芸術などのはじまり)を描いた絵本。こちらも絵はゴンド族のバッジュ・シャームによる作品です。
ゴンド族の世界観が絵に表現されています。
バタチットラ画
『神聖なバナナの葉』絵:ラーダシャーム・ラウト/文:ネイサン・クマール・スコット
『運命の輪』絵:ラーダシャーム・ラウト/文:ラージャ・モハンティ、シリシュ・ラオ
インド東部オリッサ地方に伝わるバタチットラ画の画家ラーダシャーム・ラウトが絵を手がけた絵本『神聖なバナナの葉』『運命の輪』
バタチットラ画は複雑な模様を描いて物語を伝えるものだそうで、絵は額に入れられて飾られるほか、工芸品やカードゲームの図柄として使われることもあるのだとか。
確かに。デザインとしてキャッチーな感じ★
ポトゥア(絵巻物師)
『つなみ』絵と文:ジョイデーブ・チトラカール、モイナ・チトラカール
インド東部、西ベンガル州の「ポトゥア(絵巻物師)」は、画家であるとともに吟遊詩人でもあり、民話や叙事詩、歴史や現代の出来事などを題材にして、絵巻物を作って物語るのだとのこと。
『つなみ』は、タラブックスの提案により、南インドで起こった津波を題材として、絵巻物師のジョイデーブ・チトラカール、モイナ・チトラカールが描いた作品です。
『シータのラーマーヤナ』絵:モイナ・チトラカール/文:サミータ・アルニー
『シータのラーマーヤナ』は、タラブックスが開いた「ポトゥア(絵巻物師)」のワークショップに参加したモイナ・チトラカールが、インドの叙事詩「ラーマーヤナ」をラーマ王子ではなく妻のシータの視点から描いた作品。
『不滅の箱舟』絵:ジョイデーブ・チトラカール/文:ギータ・ウォルフ
『不滅の箱舟』は、旧約聖書の大洪水の一節を「ポトゥア」の様式で作り出した作品。
人間の悪行や自然破壊に対する贖罪というテーマを、現代の環境破壊の視点から捉えているのだとのこと。
マタニパチェディ
『森の競争』絵:ジャグディーシュ・チータラー/文:ネイサン・クマール・スコット
『森の競争』
こちらは、『森の競争』
インド西部グジャラート州に伝わる奉納用の布を作る職人ジャグディーシュ・チータラーが絵を担当しています。
この布はマタニパチェディと呼ばれ、装飾枠の中に人や動物の絵柄を木版で捺し赤と黒で染めて作られるとのこと。
絵本の内容は、森の中で一番足が速いと豪語し、他の動物たちに競争をけしかけるまめじかのカンチルに、カタツムリが競争を受けて立つという話。
ワルリー画・ミーナ画
『うごく!』絵:ラメーシュ・ヘンガリー、シャンターラーム・ダドぺ/文:ギータ・ウォルフ
インド西部マハーラシュトラ州の先住民であるワルリー族の民俗画「ワルリー画」の技法で描かれた作品が、この『うごく!』です。
ワルリー族の人口はおよそ40万人。言語はインド・アーリア系のワルリー語で、主に農業で生計を立てています。
彼らの神は万物に宿る精霊。大地の神、森の神、魚の神など、あらゆるものに精霊が宿っていると考えており、自然の物を採取する場合には儀式をして神にお伺いをたてるのだそうです。
ワルリー族の絵についての記事は↓
『たべちゃうぞ!』絵:スニータ/文:ギータ・ウォルフ
この『たべちゃうぞ!』は、インド西部ラジャスターン州のミーナ族によるミーナ画の画法で描かれた作品。
ミーナ画では、お腹に子供や赤ん坊を宿した雌の動物や鳥がよく描かれるのだとのこと。
ラジャスターン州のミーナ族の村では、家の土壁や床に、この『たべちゃうぞ!』のような絵が描かれているのだそう。
絵を描くのは伝統的に女性の役割で、絵は新年を迎える前に塗り替えられるのだとか。
インドのストリートアート
『インド映画の広告に見る九つの感情:勇気という名の感情』著:M.P.ダクシュナ、V.ギータ、シリシュ・ラオ
タラブックスでは、少数民族の民俗画だけでなく、インドの街で人々に親しまれ続けている様々なストリートアートも書籍にしてきました。
この作品『インド映画の広告に見る九つの感情』では、インド映画のビルボードで用いられてきた技術(人々の注意を引くために用いられる9つの基本感情)をビルボードアーティストたちの作品を取り上げながら紹介しています。
『マッチブック インドのマッチ箱ラベル』著:ダヒド・ダタワラ
こちらは、『マッチブック インドのマッチ箱ラベル』
マッチ箱のラベルを作ってきた名もなき職人たちへのトリビュートであるとのこと。
マッチ箱業界の歴史やインド独自のブランド文化などの考察が、マッチ箱型をした本の中に収められています。
タラブックスのブックリスト
インドの様々な地域の民俗画家たちと組み、彼らの作品を本として世に送り出してきた「タラブックス」
インドの土着の人々の芸術を取り上げ、本として出版したのはインドでは初めての試みなのだとのこと。
また、「タラブックス」は、土着の民俗画家に著作権の概念を伝えたり、従業員には等しく教育の機会を与えるなど、企業活動を通じてより良い社会を築く試みを続けている出版社なのだとか。
「タラブックス」の美しい本を展示紹介する展覧会『世界を変える美しい本 インド・タラブックスの挑戦』
インドの少数民族の、私たちが思いもよらないようなデザイン感覚、知的かつ詩的でバラエティ豊かなアイデア。
ほんと、魅力的。びっくりさせられました★
東京の板橋区立美術館の展覧会は終了してしまいましたが、全国巡回するようなので、お近くで開催されたら、ぜひ観に行くことをお勧めします。
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