ヒマラヤ山脈に抱かれた山の国「ネパール」(Nepal:नेपाल)
大国インドと中国の間に挟まれたこの国は、風景も人もなんだかとっても穏やかな感じ。どことなく日本と似た人々の顔と風景は親近感を感じます。
穏やかで優しい印象の国「ネパール」をご紹介します。
今回は、カトマンズです!
カトマンズの王宮「ダルバール広場」
王宮から眺めるカトマンズの街並み
ここはネパールの首都「カトマンズ」
インドからヒマラヤの見える山道を通って標高1,350mのこの盆地に辿り着くと、旅人は一様に「何だかホッとした気分になる」といいます。
人も気候も激烈なインドに比べ、ここネパールはずいぶんと穏やか。
街のトーンが2段階くらい低い印象です。
ダルバール広場(王宮)の様子
ダルバール広場(王宮)の様子
この国では私たち日本人と同じ、モンゴロイドの人が多く暮らしています。
インドで、アーリア系の人々の容赦ない視線にさらされていた日本人旅行者にとって、穏やかなモンゴロイド顔の笑顔は癒されます。
何だか歩いている人が、みんな良い人に思えてきてしまいます。
ネワール彫刻で飾られた建物
王宮にいた少年
カトマンズは、盆地自体が世界遺産となっています。
17世紀に造られたこれらの古い建物には、木彫りの見事な装飾が施されています。これは「ネワール彫刻」といいます。
王宮にある建物群
様々な形をした建物がある王宮
王宮である「ダルバール広場」には、様々なかたちをした建物が建っています。
この屋根の形が東洋的で、スクエアなインドの屋根と違ってずいぶんと優しい感じを受けます。
人々の顔立ちだけでなく、こういった屋根の形や、「木」が素材として多用されているということも、インドに比べ「優しい」と感じられる一因なのかもしれません。
王宮の前にいたサリー姿の人々
ヒマラヤ山脈の南側の麓にあるネパールには、インド系、チベット系、中央アジア系など、様々な民族が暮らしています。
もともとこの地には、「ネワール人」というチベット系(モンゴロイド)の人たちがいて、これらの王宮もネワール王朝によって造られたものです。
かつて、この国は王国でしたが、数年前に政変が起こって国名が「ネパール王国」から「ネパール国」へと変わり、現在では国王の権力は事実上なくなりました。
中国風の丸い形の屋根をした建物
この国はチベットの影響もあって仏教のイメージが強いですが、実は、国民の8割がヒンドゥー教徒です。
けれども、中国から多くのチベット人が亡命してきており、街中にはたくさんの仏教寺院が存在しています。
王宮前に並ぶ露天の土産物屋
王宮前には露天の土産物屋がたくさん並んでいました。サイクルリキシャもたくさんいます。
ネパールはインドに接しているため、経済のかなりの部分をインドに依存しているようです。また、最貧国のひとつとして、日本を始めとした世界中の援助が入っています。ヒマラヤ登山のベースとしてもよく知られています。
ダルバール広場付近の界隈
タバコを吸う野菜売り
「仏陀の目」が描かれたストゥーパ「スワヤンブナート寺院」「ボダナート」
スワヤンブナート寺院
丘の上にある「スワヤンブナート寺院」。ネパール最古の寺院です。
このお寺には猿が多く、通称「モンキーテンプル」とも呼ばれています。
お寺には有名なストゥーパがあります。四方に「仏陀の目」が描かれたストゥーパで、ガイドブックや観光パンフレットに必ず紹介されます。
仏陀は、この目で世界の森羅万象を見渡しているのだそうです。
ストゥーパの周りには、「マニ車」が囲んでいます。
マニ車には、「オム・マニ・ペメ・フム」という観音菩薩の六字真言が刻まれていて、これを一回回すだけでお経を唱えたことになるのだそうです。
ストゥーパを右回りにぐるぐる回りながら、マニ車をぐるぐると回す。もちろん、私もやりました!
この行為を「コルラ」と言うそうです。
ボダナート
こちらは、ネパール最大のストゥーパ「ボダナート」です。
4層ある台座が立体曼荼羅を形作っています。
ボダナートは、ネパールのチベット仏教徒にとって重要な聖地のひとつであるとのこと。たくさんの「タルチョ(旗)」がはためき、仏陀の言葉を風に乗せて世界へと飛ばしています。
もちろんここでもマニ車が取り囲んでいて、人々がコルラをしていました。
この界隈には、チベットからの亡命者が多く居住しているのだそうです。
ヒンドゥー教の聖地「パシュパティナート」
パシュパティナート
ここは、ヒンドゥー教の聖地「パシュパティナート」
ここには露天の火葬場がありました。インドのバラナシと同様、死体が剥き出しのまま焼かれています。
また、ここには有名なサドゥーが住んでいました。彼は「ミルクババ」と呼ばれていて、46歳の時から、ミルク以外を口にしたことがないのだそうです。
どういう理由で「ミルクのみ」にしているのかはわかりませんが、それもサドゥーとしての修行のひとつなのでしょう。
かなり尊敬されているババのようで、部屋の壁には海外で撮影されたらしい写真も飾ってありました。
私もババと握手をしてきました。
女性によるデモ行進
ダルバール広場にいたサドゥー
カトマンズの夕暮れ
「スワヤンブナート」から眺めたカトマンズの夕暮れです。
カトマンズの町は、急速に発展し続けています。
かつてはよく見えたと言われるヒマラヤの白い峰嶺も、スモッグなどの影響により現在ではほとんど見ることができないそうです。
人口は約73万人。ネパール唯一の都会です。
旅行時期:1996年11月
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