カルナータカ州ウドゥピにある スリ・クリシュナ寺院 は、単なるヒンドゥー教寺院ではありません。
ここは、信仰・思想・日常生活が一体となって息づく「生きた宗教空間」です。
寺院の中心にはクリシュナ神が祀られ、その周囲には修道院(マタ)、池、回廊、講堂、そして街そのものが広がっています。
祈りは寺院の内部に閉じ込められることなく、食事や行列、日々の生活へと自然に溶け込んでいます。
この記事では、スリ・クリシュナ寺院の成り立ちから、プラサーダ、Ratha Beedi(山車の通り)、夜の山車行列までを辿りながら、ウドゥピという街が形づくられてきた宗教的構造をご紹介していきます。
スリ・クリシュナ寺院とは?
まずは、「スリ・クリシュナ寺院」とは、どんな寺院なのか。その概要をご紹介。
主神と創立者
スリ・クリシュナ寺院の主神は、クリシュナ神です。
しかし、この寺院を特徴づけているのは、神像そのもの以上に、寺院を創設した思想と人物にあります。
13世紀、この地に寺院を開いたのはヴェーダーンタ哲学者 マドヴァーチャーリヤ(Madhvacharya) です。
彼は、ヴィシュヌ(クリシュナ)を最高神とするドヴァイタ派(Dvaita Vedanta) の創始者として知られています。
マドヴァの思想は、「神と人間は本質的に異なる存在である」という明確な二元論に立ち、その思想は現在もウドゥピの寺院運営と日常儀礼に深く根付いています。
聖人カナカダサ(Kanakadasa)の物語

スリ・クリシュナ寺院を語るうえで欠かせないのが、詩聖 カナカダサ(Kanakadasa) の存在です。
カナカダサは身分制度の外に置かれた人物でありながら、クリシュナへの深い信仰と詩によって人々を魅了しました。
彼が寺院の正門から入ることを許されなかった際、寺院の裏側の壁に小さな穴が開き、
そこからクリシュナが姿を現した――という伝承は、今も語り継がれています。
この逸話に由来するのが、寺院背面に設けられた Kanakana Kindi(カナカナ・キンディ) であり、現在も参拝者はこの小窓からクリシュナを拝観します。
8つのマタ(修道院)とパリヤヤ祭

「スリ・クリシュナ寺院」は、「Sri Krishna Matha(マタ=修道院)」としても知られています。
寺院の運営・儀礼は、創建者マドヴァーチャリヤの弟子たちが築いた8つのマタ(修道院)が担当しています。その8つのマタが順番に管理と礼拝を担当する伝統(パリヤヤ Paryaya)があり、約2年ごとに交代します。
パリヤヤが交代する際には、盛大な儀式、音楽、説法、信徒による奉納が行われ(パリヤヤ祭)、多くの巡礼者が訪れます。
日々のプジャ(礼拝)とアールティ(祈祷)

スリ・クリシュナ寺院では、一日の流れそのものが礼拝のリズムで構成されています。
早朝のプジャから始まり、昼の供物奉納、夕刻から夜にかけてのアールティへと続きます。
これらは観光向けの演出ではなく、修道僧と信徒による日常の宗教実践です。
特に夜の時間帯は、音楽や灯明、行列などが重なり、寺院全体が静かな祝祭空間へと変化します。
スリ・クリシュナ寺院を構成する施設

スリ・クリシュナ寺院は、単一の建物ではありません。
- 本尊クリシュナを祀る中核空間
- 参拝動線としての回廊
- 池(マドゥワ・サロヴァラ)
- 修道院(マタ)
- 講堂(ギータ・マンディラ)
これらが複合的に配置され、「拝む」「学ぶ」「待つ」「集う」という行為が自然に連続する構造を作り出しています。
スリ・クリシュナ寺院の「プラサーダ」
スリ・クリシュナ寺院のプラサーダは、単なる「無料の食事」ではありません。
それは、神に供えられ、祝福を受けた食事として、修道僧・参拝者・巡礼者に等しく振る舞われます。
米、サンバル、野菜料理を中心とした構成は質素ですが、調理法や配分、提供方法すべてが儀礼の一部となっています。
スリ・クリシュナ寺院において、食事は娯楽ではありません。
神への奉仕(Bhakti)の一部です。
神に捧げる供物(ナイヴェーディヤ)と、巡礼者や僧侶に振る舞う食事(プラサーダ)。これらは毎日、大量かつ安定して供される必要がありました。
寺院で作られるプラサーダには、明確な原則があります。
- 完全菜食
- 玉ねぎ・にんにく不使用
- 過度な辛味・酸味・油脂を避ける
- 味の均衡を最優先
ここで求められるのは「おいしさ」ではなく、正しさ・清浄さ・安定性です。
寺院において「昨日と味が違う」ことは、失敗とみなされます。
街のウドゥピ料理との違い

一方、街で食べられるウドゥピ料理は、寺院プラサーダを直接の祖型としながらも、人のために最適化されています。
街の料理は、評価され、生き残る必要があるため、食事の満足度や美味しさが求められます。
街の料理は、甘みやココナッツ感が強調され、テンパリングの香りが明確化され、揚げ物を加えるなど食感の変化が導入れました。
寺院のプラサーダは、厳密な分量で日々ほぼ同一構成。変化は原則不可。一方、街のウドゥピ料理は、店ごとに様々な揚げ物や副菜が追加されるなど違いがあり、食後満足感を高めるように作られています。
街のウドゥピ料理を食べて、「物足りない」と感じたとき、それは正統なウドゥピ料理に出会っている証拠とも言えるのかもしれません。
ラタ・ビーディ(Car Street)
ラタ・ビーディ(Car Street)の概要と周囲・内部の施設

「ラタ・ビーディ(Car Street)」は、スリ・クリシュナ寺院を取り囲む口の字型の通りです。
この通りは、日常的には商店や参拝者の動線として機能し、祭礼時には山車が巡行する儀礼空間へと変わります。
通りの内側には、シヴァを祀る「アナンテーシュヴァラ寺院」をはじめ、古層の宗教施設が残されています。
アナンテーシュヴァラ寺院

「アナンテーシュヴァラ寺院」は、スリ・クリシュナ寺院成立以前の宗教的記憶を伝えるシヴァ寺院です。
クリシュナ信仰が中心となった現在でも、この寺院は排除されることなく、同じ宗教空間の内側に共存しています。
Kshetrapala(守護神)

ラタ・ビーディ周辺では、「Kshetrapala(聖域守護神)」と呼ばれる存在も重要な役割を担っています。
彼らは本尊ではありませんが、寺院と街の境界を守るために配置され、祭礼や行列の際には位置を変えることもあります。
スリ・クリシュナ寺院の山車行列
毎日の夜の山車行列

スリ・クリシュナ寺院では、年中を通して小規模な夜の山車行列が行われます。
これらは、クリシュナの「ウツァヴァ・ムールティ(行列用神像)」を乗せ、ラタ・ビーディを一周する形で進みます。
観光向けの特別行事ではなく、あくまで日常の宗教実践として行われている点が特徴です。
年一度のラトーツァヴァ

年に一度行われる「ラトーツァヴァ(Rathotsava)」では、巨大な本式の山車が用いられます。
普段は Ratha Beedi に保管されている山車が組み上げられ、街全体を巻き込む大規模な巡行が行われます。
このとき、Ratha Beedi は単なる通りではなく、街そのものが神のための舞台となります。
スリ・クリシュナ寺院(Shree Krishna Temple)|夕方の様子

さて、ここからは、実際に現地訪問した「スリ・クリシュナ寺院」の様子についてご紹介。夕方と夜の山車行列について、写真と動画で紹介していきます。
まずは、夕方の寺院の様子から。
スリ・クリシュナ寺院へは夕方5時頃に訪問しました。

こちらは、「スリ・クリシュナ寺院」を取り囲む口の字型の通り「ラタ・ビーディ(Car Street)」。
普通の商店が軒を連ねる通りですが、プージャやアールティなどの祭礼の際には、ここを山車が練り歩きます。
この「ラタ・ビーディ(Car Street)」の風情がとても良かったです。

こちらの建物は「マタ(修道院)」
「スリ・クリシュナ寺院」には、8つの「マタ」があり、寺院の運営や儀礼を2年ごとに順番に担当しています。
マタが交代する際には、大規模な祭礼「パリヤヤ祭」が行われるのだとか。

「スリ・クリシュナ寺院」は、13世紀に創建されたヒンドゥー教・ヴァイシュナヴァ派(クリシュナ神信仰)の寺院。主神は幼児の姿の「バラクリシュナ(Balakrishna = 幼いクリシュナ)」です。
寺院の創立者は、「デヴァイタ(Dvaita)=二元論」の哲学(魂と神の永遠の区別)を説いたことで知られる「シュリー・マドヴァーチャリヤ(Sri Madhvacharya)」
マドヴァーチャリヤはウドゥピにクリシュナ神の像を設置し、その神聖な礼拝を広めるためにこの寺院を築きました。


寺院で最も有名な伝承の一つに、聖人カナカダサ(Kanakadasa)の物語があります。
カナカダサは低いカーストであったため寺院に入れず、外側で祈っていました。その時、クリシュナ神が彼の献身に応えて像を回転させ、カナカダサが見えるようにしたと伝えられています。
このエピソードに由来する「Kanaka Kindi(小窓)」から見る神像の礼拝は、多くの巡礼者が体験する重要な儀式です。


寺院の前には、巨大な「山車(ラタ/Ratha)」が3台(1台は骨組みの状態のもの)見えます。
この3台の巨大な山車は、年に一度行われる大祭「ラトーツァヴァ(Rathotsava)」で使用される山車だとのこと。

こちらは、毎晩の夜の定例「ウツァヴァ(行列儀礼)」で使われる山車。
後ほど、これが動いている様子を目撃します。


こちらが、「スリ・クリシュナ寺院」の正門。
寺院内へと向かう別の行列があるし、ここから中に入れるかどうかは不明。
異教徒である自分たちがのこのこ入っていっていいものかもわからなかったので、寺院内には入りませんでした。


行列の並ぶ通路脇に立てられていた看板。
書かれているカンナダ語をGoogle翻訳してみたところ、
シュリヴァリ財団主催のティルマラ式結婚式フェスティバル
ティルマラ産のラドゥとマントラクシャ・プラサードが配布されます。日付:2025年12月30日 時間:午後5時以降
会場:ラジャンガナ・シュリ・クリシュナ・マス
と書かれていました。
あの行列に並んだ人にプラサードが配布されるということでしょうか?

口の字型の通り「ラタ・ビーディ(Car Street)」をぐるりと歩いていくと、向こうに夕日が見えました。
この時間帯、通りは閑散としていてのんびりした感じ。


こちらは、ラタ・ビーディ(Car Street)にあるピュアベジのレストラン「Mitra Samaj(ミトラ・サマジ)」
渋い外観が魅力的。このお店には翌朝訪れる予定。


ラタ・ビーディ(Car Street)の内側には、果物屋や食器屋、参拝グッズを販売する土産物屋などが軒を連ねています。

ラタ・ビーディ(Car Street)の内側には、スリ・クリシュナ寺院とは別の寺院もあります。「アナンテーシュヴァラ寺院(Ananteshvara)」です。
「アナンテーシュヴァラ寺院」は、クリシュナ信仰以前から存在していた可能性が高いと言われるシヴァ派の寺院。
クリシュナを主神とするヴィシュヌ系の寺院でありながら、その敷地内でシヴァ派の寺院が排除されていないのが、「スリ・クリシュナ寺院」の特徴です。
ちなみに、左端に立っている像は「Kshetrapala(クシェートラパーラ)」という寺院の守護神像。2体あります。




「アナンテーシュヴァラ寺院」は、スリ・クリシュナ寺院と違って、気軽に入りやすい雰囲気だったので、中に入ってみることにしました。


入り口から進むと、正面に本尊らしきものが安置されている部屋があり、その前に導師らしき人物がいて、人々が祈りを捧げている様子が見えます。

「アナンテーシュヴァラ寺院」の内部は意外と広く、楕円形の本殿の周りを人々は時計回りに歩いて参拝します。
我々も同じように境内をぐるりと拝観。





さて、時刻は17時過ぎ。「ラタ・ビーディ(Car Street)」をひと通り歩き周ったところで、一旦ホテルへと戻ります。
夜の定例「ウツァヴァ(行列儀礼)」は、19時過ぎに始まるというので、その時間に再訪することに。
スリ・クリシュナ寺院(Shree Krishna Temple)|夜の山車行列

19時頃、スリ・クリシュナ寺院に再訪。
寺院横の建物では、夕方は女性たちが歌っていましたが、夜歌っていたのは男性たちでした。

夜の「Kanaka Kindi(小窓)」です。
夕方よりも参拝者の数が多くなっています。



夕方訪れた時、アナンテーシュヴァラ寺院の入り口にいた守護神像「Kshetrapala(クシェートラパーラ)」が、「ラタ・ビーディ(Car Street)」の通り沿いに移動していました。
夜の山車行列が始まる前触れでしょうか。

寺院正門へと向かうと、建物の屋根や山車がライトアップ!
もうすぐ夜の山車行列が始まりそうな予感です。



夜の定例山車行列「ウツァヴァ」で使われるのはこの2台。
馬4頭立ての馬車スタイルの山車とチャトリスタイルの山車です。

19時半近く。寺院の正門の前に人が集まり始め、ほどなくして、寺院内部から太鼓の音が聴こえてきます。
いよいよ、夜の定例山車行列「ウツァヴァ」が始まったようです!
太鼓の楽団に囲まれ、神輿に乗せられて神像であるクリシュナの「ウツァヴァ・ムールティ(Utsava Murti)」が登場!
さっそく、2台の山車それぞれの上に神像が2体安置されます。

2体の神像はどちらもクリシュナのウツァヴァ・ムールティ。
同一人格ですが、性格(役割)と装束が異なるクリシュナであるとのこと。


右の神像が儀礼を代表するクリシュナ。左の神像が祝祭を担うクリシュナ。
それぞれに火が灯された後、山車が動き始めました。


楕円形の参拝路「ラタ・ビーディ(Car Street)」を半周したところで、山車は停車。
人々が山車を取り囲み、山車の上に安置されている「ウツァヴァ・ムールティ」に真剣な面持ちで祈りを捧げ、スマホで写真や動画を撮影し、スマホをかざして遠方の家族や友人たちにリアルタイムで見せています。

そんな、人々の祈りの光景を眺めていると、通りの別の場所で炎が立ち上がり始めました。

そして、花火も打ち上げられました!


炎が立ち上がり、花火が数発上がり、楽団の太鼓の演奏が盛り上がりを見せ、山車を取り巻く参拝者たちがひと通り祈りを捧げ、写真や動画を撮り、遠方の家族や友人に神の姿を見せた後、2台の山車は寺院正門へと戻りました。
そして、山車の上に安置されていた2体の神像が台座から外され、再び神輿に担がれて寺院内部へと消えていきました。
まとめ
ウドゥピという町の名実ともに中心的な存在である「スリ・クリシュナ寺院」
実際に訪問し、毎晩行われるという山車行列を見て、人々が真剣に祈る姿を眺め、寺院のプラサードは食べられなかったものの、街のウドゥピ料理をいただきました。
「スリ・クリシュナ寺院」は、「寺院」という言葉だけでは捉えきれない空間です。
祈り、食事、学び、行列、街路――それらが分断されることなく連なり、ウドゥピという街全体を形づくっています。
ここでは、神は奥に閉じ込められることなく、人々は神と距離を保ちながら共に生きています。
スリ・クリシュナ寺院とは、信仰が日常として機能し続ける場所なのです。
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