ペルー、標高5000メートルの高地に暮らす老夫婦、そしてリャマ ──
息子の帰りを山に祈る
標高5,000mを超えるアンデスの高地で生きる老夫婦
南米ペルー。標高5,000mを超えるアンデスの高地。社会から遠く離れた過酷な自然のなかで、アンデス先住民アイマラ族の老夫婦がふたりきりで暮らしています。
妻の名前はパクシ(ローサ・ニーナ)、夫の名前はウィルカ(ビセンテ・カタコラ)。
ふたりは、一匹の犬と一頭のリャマ、そして、数頭の羊たちと共に、インカ以前から続いてきたアイマラ文化の伝統的な生活様式でつつましやかに暮らしています。
そんなふたりの切なる願いは、都会に出ていった息子が戻ってきてくれること。
映画「アンデス、ふたりぼっち」は、過酷な大自然の中で逞しく生きるふたりの姿と、その暮らしの行き着く先を描いた作品。
文明社会から取り残された人々の存在。現代社会は伝統文化とどう向き合うべきなのか。などなど、さまざまなことを考えさせられる作品です。
物語はアンデスの壮大な大自然の風景を背景に展開されます。
美しい風景の中、固定カメラで映し出されるふたりの生活は、つつましやかで淡々としたもの。
羊に草を食べさせたり、体を温めてくれるポンチョを織ったり、日々の糧である乾燥じゃがいもを作ったり、豊作や健康を母なる大地の神パチャママに祈ったり。
しかしながら、そんなふたりの牧歌的な暮らしは、徐々に崩壊へと向かい始めます。
でも、それは、スクリーンの前にいる観客も薄々とわかっていたこと。
ふたりに忍び寄る「老い」は、過酷な環境で生きる術を徐々に失わせてしまうことが明白だからです。
ふたりを助けてくれるはずの若い息子はここには居ないのだから・・・。
オスカル・カラコタ監督が描く、先住民族の視点を持った「シネ・レヒオナル(地域映画)」
映画の監督は、ペルー南部プーノ県出身のオスカル・カラコタ監督。
監督自身もアイマラ族で、ウィルカ役のビセンテ・カラコタは実の祖父であるとのこと。
ちなみに、パクシ役のローサ・ニーナは友人に紹介されたアイマラ族の女性で、撮影に入るまで映画を見たことも映画館に行ったこともなかったのだとか。
作品は、ペルー映画史上初の全編アイマラ語長編映画として話題になり、ペルー本国では3万人以上の観客を動員する大ヒット。アカデミー賞の国際映画賞ペルー代表に選ばれたのをはじめ、国内外で高い評価を受けることとなりました。
しかしながら、今後の活躍が期待されていた中、オスカル監督は2021年11月、2作目の撮影中に34歳の若さで夭折。本作は監督の長編初作品であるとともに遺作ともなってしまいました。
世界の多くの国や地域と同様に、ペルーでも若い人々が都市部へと流出し、老人のみが農村部や山岳地帯に取り残されるという状況があります。
都会では、出自の地域や民族がわかると差別されたり、仕事にありつきづらいということがあるため、先住民出身の若者たちは自らの出自を隠したり、距離を置いたりすることが多いのだそう。
こうして、辺境に生きる老人たちが文明社会から取り残されていくのと同時に、伝統的な民族文化や地域文化が失われていっているのです。これは世界中で起こっていることです。
ペルーでは近年、「シネ・レヒオナル(地域映画)」という地域に根ざした映画作りの運動が起こり、注目を集めています。
「シネ・レヒオナル」とは、ペルーの首都リマ以外の地域で、その地域を拠点とする映画作家やプロダクションによって制作される映画を指します。
映画の制作が首都に一極集中してしまうと、都市圏に住む人向けの、都市圏の人の視点を持った映画しか作られなくなってしまう。
このような状況に対抗し、地域や民族の文化や視点を持った映画を作るために生まれたのが「シネ・レヒオナル」です。
オスカル・カラコタ監督は「シネ・レヒオナル」の旗手のひとりとも目されており、この映画「アンデス、ふたりぼっち」も、監督の先住民視点からのメッセージが盛り込まれています。
崩壊するふたりの暮らし。そして、雪を頂く山へ
※ここからはちょっとネタバレ含みます。
夫婦ふたりで手を携えながら生きてきたパクシとウィルカの暮らしは、徐々に崩壊へと向かっていきます。
彼らが手にしていた数少ない文明の利器マッチが尽きます。マッチを買いにウィルカは町へと出掛けますが、老いのため過酷な旅に耐えられず、発作を起こして引き返してしまいます。またある日、飼っていた羊がキツネに襲われ、ふたりは全ての羊と犬を失ってしまいます。さらに、パクシの不注意により暖炉の火が燃え広がり、2棟あった家の1棟が焼失してしまいます。そして、食料も尽き掛けたさ中、夫ウィルカは病のため命を落とすこととなるのです。
ひとり取り残された妻パクシ。悲嘆に暮れた彼女でしたが、いつしか彼女は身支度を整えると、住んでいた家を後にします。
そして、町へと向かって下るのではなく、雪の積もる山へと向かって登っていくのです。山の女神となるために・・・。
過酷な大自然の中で、自分たちの力だけで生きるパクシとウィルカのふたり。その伝統的な暮らしぶりは威厳を感じさせ、心に感じ入るものがありました。
しかしながら、物語は大自然の厳しさをまざまざと見せつけてきます。大自然は「老い」を抱えながら対峙できるほど生易しいものではないのです。
彼らの伝統的な生活はそれを受け継ぐ子供が居てこそできるもの。都会に子供が出ていくということは、残された老人の暮らしが今まで通りには行かなくなるということを意味しています。
世界中がグローバル化のシステムに組み込まれつつある現在、パクシとウィルカのふたりのような話は世界中にあるのだろうなと思わされました。
ラストシーン。ひとり山へと登っていくパクシの後ろ姿。観ているものの憐憫や感傷を拒絶するような尊厳に満ちたその姿がとても印象的でした。
キャスト
パクシ :ローサ・ニーナ
ウィルカ : ビセンテ・カタコラ
スタッフ
監督・脚本・撮影 :オスカル・カタコラ
編集:イレーネ・カヒアス
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