「タキーレ島」恥ずかしがり屋の子供たちと美しい織物の島(チチカカ湖の島めぐり2)【ペルー】

※前回の記事→「ウロス島」チチカカ湖に浮かぶ葦でできた島と「バルサ」葦の船(チチカカ湖の島めぐり1)【ペルー】

ペルー タキーレ島

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美しい織物と素朴な子供たちに出会える島「タキーレ島」

ウロス島から更に3時間。

船はタキーレ島に到着します。

タキーレ島はケチュア族の島。

いまだに電気も水道も引かれていない、昔のままの生活が残っている素朴な島です。

島に着くと船頭は言いました。

「出発時間は2時間後だ」

たった2時間。ゆっくりできません。

私は貴重な時間を無駄にしないために、早足で村へと向かうことにしました。

しかし・・・、

舟を降りるとそこには600段の急な階段が待ち構えていたのです!

足早に駆け上ろうとするのですが、何しろここは標高3800メートルを越す富士山よりも高い高地。

次第に息が苦しくなり、足取りが重くなってきます。

一歩一歩がきつい!

10段ほど登るたびに、一休みしなければなりませんでした。

(写真は、タキーレ島の600段の階段の上から見た港と紺碧のチチカカ湖)

ペルー タキーレ島

ペルー タキーレ島

20分ほどかけて何とか登りきった私は、そこから村へ向かうなだらかな坂道を小走りで降りていきました。

坂の上から島を眺めると、土壁やレンガ造りの小さな建物が点在しています。

段々畑、疎らに立つ木々、車も電気もなく、機械の音が全くしない静かな島・・・。

タキーレ島の人口はおよそ1600人ほど。

人々は織物などの手工芸品や農業などにより生計を立てています。

島は段々畑で覆われており、ジャガイモや豆、キヌアといった農作物が採れます。

(写真は、タキーレ島の風景)

ペルー タキーレ島

ペルー タキーレ島

しばらく行くと、四角い形をした広場に出ました。

島の中心と思われる小さな広場です。

広場の周りには、ささやかな雑貨店やレストラン、織物を売る店が数軒あります。

私はここでトゥルーチャ(マス)を焼いただけのシンプルなランチを摂りました。

味はフツウでした。

(写真は、上:広場の風景、下:雑貨屋)

ペルー タキーレ島タキーレ島の織物ベルト

ペルー タキーレ島繊細な文様とカラフルな色彩

食後、私はぶらぶらとその辺を歩き始めました。

広場の一画にあったのは、織物の工房。

タキーレ島は織物が有名です。

古代アンデスそのままの純粋なケチュア人が住むというこの島では、繊細な模様とカラフルな色彩を持つ美しい織物が人々によって織られています。

アンデス文明の織物技術はかなり高度なものであったそうで、遺跡からは現代の技術を以てしても作るのが難しいという織物も見つかっているそうです。

アンデス地域の織物は見事なものが多いのですが、中でもこのタキーレ島の織物技術は世界屈指と言われるもの。

私も強烈に惹かれてしまい、臙脂色を基調とする、様々な模様の織られた綺麗なベルトを1つ購入しました(25ソル:870円)。

購入したベルトについてはこちら→アンデス地方の布、ボリビアの「マンタ」とタキーレ島の織物ベルト

アンデス地方の布、ボリビアの「マンタ」とタキーレ島の織物ベルト
ペルーやボリビアなどのアンデス高地では、インカを始めとした古代アンデス諸文明の時代から美しい手織り布が作られてきました。綿や羊毛、リャマやアルパカ、ビクーニャなどの毛を用い、複数の色糸で模様を作りだす「アワヨ」という布は、現在でも地元の人々が日常的に使用する万能布です。

ペルー タキーレ島

話によると、この島では、女性の服は男性が編み、男性の服は女性が編むのだそうです。

広場の片隅には、腰掛けた男性が日向ぼっこをしながら縫い棒と毛糸を小刻みに動かしていました。

編んでいるんですね、女性の服を!

それにしても、彼らの被る帽子や腰に巻かれたベルトを見るだけで、その織物技術の高度さがわかります。素晴らしい芸術品です。

(写真は、広場で編み物を編む男性と子供たち)

ペルー タキーレ島広場に集まってきた子供たち

ペルー タキーレ島

ペルー タキーレ島

広場には子供たちが遊んだり、雑貨屋に買い物をしに来たりしています。

真っ赤な頬っぺたの可愛らしい子供たちがつぶらな瞳でこちらを見ています。

彼らは大声で騒いだりもせず、お金を要求したりもしません。

カメラを向けたり、こちらが笑いかけたりすると恥ずかしそうに微笑み返してくれます。

皆とても恥ずかしがり屋なのです。

大人も恥ずかしがり屋のようで、小声でぼそぼそと話していました。

そして、こちらから話し掛けてみると照れたような笑いを浮かべるのです。

この島を訪れる旅行者は数多くいます。

人々の素振りから、我々旅行者の存在が別に珍しくも何ともないということが見て取れます。

けれども、恐らく半世紀前までは、ここに外国人が訪れることなど無かったことでしょう。

この現代文明から置き去りにされたような生活を続ける村も日々変わっているのです。

彼らが大人になった頃、この島はどうなっているのでしょうか。

もしかしたら、その頃には、島の暮らしも、人々の考え方も随分と変わってしまっているのかもしれません。

ただ、これほど旅行者が訪れているにも拘わらず、あのハニカミ振りが失われないことを思うにつけ、この島の素朴さは、これから何十年経とうとも失われはしないのではないか、と私は淡い期待を抱いてしまうのです。

※次の記事→世界最高所、標高3650mの首都「ラパス」で見たカーニバル【ボリビア】

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