コロニアルな建物が並ぶ明るい街。アルゼンチン北部「サルタ」の町【アルゼンチン】

※前回の記事→ボリビアからアルゼンチンへ列車とバスの旅(ウユニ〜ラ・キアカ〜サルタ〜ブエノスアイレス)【アルゼンチン】

アルゼンチン サルタ「サルタ」の中心、7月9日広場前にあるカテドラル

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街の空気が柔らかく暖かい!アルゼンチン北部「サルタ」の町に到着!

「サルタ」(Salta)は明るい町です。

ここに来てまず感じたことは町の空気が柔らかく、そして、暖かいということでした。

それもそのはず。サルタの標高は1,190メートル。国境のラ・キアカが3,442メートルだったことを考えると2,000メートルも下ってきたことになります。

濃密な空気があるだけで、何だか自分のホームグラウンドに戻ってきたという感じがします。

標高が低いということだけではありません。

サルタはボリビアのラ・パス以来の久々の都会でした。

アルゼンチン サルタ7月9日広場前にあるコロニアル建築「カビルド」(旧市庁舎)

目抜き通りであるフロリダ通りやアルベルディ通りにはお洒落なブティックや大きなスーパーマーケット、電気屋や本屋などが軒を連ねています。

こんなところにもあるHSBCのオフィスではグレーのスーツをビシッと着こなした行員がこちらの風体を値踏みしておりましたし、洒落たケーキ屋ではアルゼンチン美女が気取りながらカフェ・コン・レチェを飲んでいました。緑溢れるサン・マルティン公園では「幸せな家庭」を絵に描いたような一家が池にボートを浮かべ、ニコニコしておりました。

サルタは日本の多くの都会と何ら変わらない現代的な町でした。

そういう意味でもホームグラウンドに帰ってきたという気分がするのです。

アルゼンチン サルタサルタ市内を歩いていた馬の列。

「サルタ」は、アルゼンチン北部のサルタ州の州都。人口は約50万人です。

帰国後知ったのですが、この町はアルゼンチン北部観光の拠点であるとのこと。

ワインの産地として有名な「カファジャテ渓谷」、標高4200メートルを走る観光列車「雲の列車」、大塩湖のある「トロ渓谷」、先住民族の文化と植民地時代の町が残る「ウマウアカ渓谷」など、見どころが盛りだくさんです!

アルゼンチン サルタサルタの街角

サルタは穏やかでした。街を歩いている人々の表情も明るく優しげで、しかも、それなりに裕福そうな格好をしている人が多く見受けられました。

アルゼンチンは南米でも治安のいい方の国だといいます。

この町は、これまで辿ってきたペルー、ボリビアのどの町よりも、安全で柔らかい空気を感じさせる町でした。

この町でなら夜1人で歩いても大丈夫そうです。

アルゼンチン サルタサン・ベルナルドの丘から見たサルタの町

町の南西にはサン・ベルナルドの丘があります。

ゴンドラに乗って250メートル上の丘に登ると、そこからはサルタの街並みが一望できるのです。

碁盤目状にきっちりと造られた街、サルタ。

ここも他の多くの南米の街と同じくスペイン人によって造られた植民都市のひとつです。

町の歴史は16世紀にまで遡るといいます。

アルゼンチン サルタ赤い教会「サンフランシスコ教会」

街を歩いていた時、いたるところでコロニアル風建築に出くわしました。

白い修道院、赤い教会、リズミカルなアーチを持った邸宅。ホテルのある7月9日広場の前にも美しいカテドラルがありました。

こういった建築物の全てがかつて世界を制覇したスペインの栄光を追憶させてくれるのです。

丘の上から見下ろすサルタの街並み。そして、遠くには遥かアンデスの高地が見えます。

一昨日は私はあの山の中にいました。

たった一日でまるで別世界に来てしまったなあと、なんだか信じられない気分です。

しかし、別世界といえどもアンデスの町もここサルタもスペイン風の意匠を持った町であるということだけは変わりがありません。

ペルー、ボリビア、アルゼンチン。ブラジルを除いた南米と中米カリブをスペインは植民地支配しました。

私は丘の上からいくつもの教会の姿を目で追いながら、壮大なスペインの征服事業について、思いを馳せました。

1泊して翌日の午後1時、高速バスに乗って1600キロ南にある首都ブエノスアイレスに向かいました。約20時間の長旅です。

※次の記事→南米のパリ「ブエノスアイレス」でアサード(ステーキ)とワインを味わう♪【アルゼンチン】

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