「めぐり逢わせのお弁当」大都市ムンバイの偶然が生んだささやかな恋【映画】

めぐり逢わせのお弁当

インド・ムンバイでは、お昼どきともなると、ダッバーワーラー(弁当配達人)がオフィス街で慌ただしくお弁当を配って歩く。その中のひとつ、主婦イラが夫 の愛情を取り戻すために腕を振るった4段重ねのお弁当が、なぜか、早期退職を控えた男やもめのサージャンの元に届けられた。神様の悪戯か、天の啓示か。偶 然の誤配送がめぐり逢わせた女と男。イラは空っぽのお弁当箱に歓び、サージャンは手料理の味に驚きを覚える。だが夫の反応はいつもと同じ。不審に思ったイラは、翌日のお弁当に手紙を忍ばせる・・・。

「映画」めぐり逢わせのお弁当 公式ホームページ

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 「お弁当配達人」という仕事、そして、偶然が生んだ600万分の1の奇跡

「お弁当配達人(ダッバーワーラー)」とは、インドのムンバイで、各家庭の主婦や母(もしくは仕出し業者)が作ったお弁当をオフィスで働く人々に届けるお仕事です。

ムンバイでは、ダッバーワーラーは約5000人おり、彼らが運ぶお弁当は1日に20万個におよぶといいます。

このダッバーワーラーの配達は、アルファベットと数字を組み合わせた「アルファニューメリックという」仕組みで行われていて、誤配達の確率はなんと、600万分の1!

驚くべきこの正確性を調査するため、多くの研究者が調査に訪れるそうです。

そんな600万分の1の確率の誤配達から生まれた、男と女のささやかなやり取り。

ムンバイという大都会を舞台に、ひとつの偶然が、出会うことのない男女をめぐり逢わせ、そして、その人生を変えてゆく。

「めぐり逢わせのお弁当」は、そんな映画です。

手紙というプリミティブな手段を通じて伝えられるプラトニックな想い

夫からの愛をほとんど感じられなくなってしまっている主婦のイラ。

彼の気持ちを取り戻すため、イラは上の階に住んでいるおばさんのアドバイスに従い、特製のお弁当を作ることにします。

しかし、その特製弁当は、配達人のミスにより、夫ではない別の人、退職を控えた男やもめの会計士、サージャンのもとに届いてしまいます。

いつもの仕出し弁当とは違う、特製弁当の美味しさに驚くサージャン。

イラは、夫の反応から自分の作った特製弁当が夫ではない別の人に届いたことに気付き、それを確かめるためお弁当に手紙を添えることにします。

イラからの手紙を読むサージャン。

返事を書き、その内容にまた返事を書くイラ。

手紙でのやり取りが続くうち、次第にふたりは日々の生活の悩みや夢などを手紙を通して打ち明けていくようになります。

ムンバイの駅

イラの夫は、相変わらず携帯ばかり見て家庭をまったく顧みないまま。浮気の疑惑も発覚します。

妻に先立たれたサージャンは、孤独の中で淡々と過ごす毎日。

そんな中、このお弁当の手紙のやり取りは、ふたりにとって心が躍るようなものとなっていきました。

現代社会において、自筆の手紙を送るということは、なかなかなくなってきています。

もちろん、IT大国であるインドも同じです。

メールやSNSで瞬時に送受信するのが当たり前の今、自筆で手紙を書き、それを偲ばせ、読んで返事を書き、また偲ばせて返事が届くのを待つ。

このプリミティブな手段と、手紙を送って返事が届くまでのペース。

とても、新鮮な感じです。

手紙という手段によって、より思いが伝えられるような、その言葉が特別なメッセージであるかのような・・・

メールより自筆の方が相手の気持ちが伝わるというのは、当たり前といえば当たり前なんですが、この現代の都会で無理なく、わざとらしくなく、そのやり取りを描くというところが、この映画、上手いなぁと感じました。

ムンバイの電車

淡々と描かれる大都会ムンバイの「今」

イラとサージャンが暮らすのは現代のムンバイ。

インド随一の商業都市で、世界中の企業が支店を構え、様々な民族が居住し働いているメガロポリスです。

インドでは旧来の姿を残した伝統や風習がまだまだ残っています。

例えば、このダッバーワーラーの仕事もカーストによる階級差別をベースとして生まれたものです。

一方、インドは目覚しい経済発展により、急速に都市化、現代化が進行しつつあります。

映画では、そんな大都市ムンバイの変わりつつある今の様子が随所に描かれています。

朝の通勤ラッシュでサージャンが満員電車に揺られるシーンとか、立ったまま埋葬されるお墓を勧められることだとか、イラが国民総幸福量の高いブータンに移住したいと思うことだとか・・・

現代のムンバイの人々は、東京や大阪で暮らす人々と同じような感覚で暮らしているのかもしれませんね。

ムンバイの街

インド映画といえば、わかりやすい勧善懲悪のストーリー展開で、美男美女が恋愛をし、随所に歌と踊りがちりばめられた、「ボリウッド映画」が頭に浮かびますね。

ボリウッド映画は、人々が思い描く「夢」をスクリーンに投影した姿。

貧しく過酷な現実を一瞬でも忘れ、非日常を味わうための映画です。

一方、この「めぐり逢わせのお弁当」では、現実のリアルな中産階級の日常ドラマが淡々と描かれています。

この作品は、フランス、ドイツ、スイス、イタリア、オランダで異例の大ヒットを記録し、カンヌ国際映画祭批評家週間(フランス)観客賞を始め、数々の賞も受けています。

まるで、ヨーロッパ映画のような雰囲気の映画なので、ヨーロッパで評価されるのも頷けますね。

ですけど、特筆すべきなのは本国インドでの反応の方。

映画のプログラムで監督のリテーシュ・バトラが語っていることによると、この映画は、インドでも予想に反して大成功を収めたのだとのこと。

この映画に感情移入できる中産階級が増えたということ、インドの都市とそこに住む人々の感覚が変わりつつあるということ。

それが、この映画の出現と成功によってわかる気がします。

ムンバイの駅

日常を彩るささやかなユーモアがふたりの個性を浮きだたせる

イラとサージャンの手紙を介したやり取り。

劇中でそこにスパイスを与えている存在があります。

声だけしか聞こえないイラの上の階に住むおばさんと、サージャンの後任となる経理担当のシャイクです。

おばさんは、明るいユーモラスな声で、イラに夫の気持ちを取り戻すためのアドバイスをしたり、特製カレーのレシピを教えたり、映画「サージャン 愛しい人」の主題歌を流してくれたりします。

シャイクは、サージャンにつきまとったり、仕事の書類の上で野菜を切ったり、イラの特製弁当をずうずうしくもサージャンにたかったりと、トンデモな部分もありますが、孤児という逆境の中、必死に幸せを掴もうと頑張っています。

彼らの存在は、イラとサージャンのふたりの個性とその人生を鮮やかに浮きだたせています。

だけど、彼らやヒロインのイラにも増して魅力的なのは、サージャン役のイルファーン・カーン。

深い孤独と諦観に包まれた雰囲気、その中に垣間見えるユーモアと優しさ。

そんなサージャンの人となりを、イルファーンは抑えた演技で見事に表現しています。

ムンバイの海岸

そして、ふたりは新たな「日常」へ・・・

イラとサージャンの間に生まれた偶然のつながり、そして、ささやかな恋。

しかし、彼らにはそれぞれの日常があります。

イラには家庭があり、一人娘がおり、サージャンは退職を控え、歳もイラとは離れています。

サージャンは職場を退職します。

もう、イラのお弁当を食べることはなく、彼らを結びつけるものは失われてしまいました。

二度と会うことはないであろう、イラとサージャン。

ふたりは再び大都会の見知らぬ他人同士へ・・・

しかし、このささやかな手紙でのやり取りは、ふたりの人生の中の大切な一部分となり、新たな日常を生きるための糧となっていくことでしょう。

以前と変わらぬ、煌びやかなことなどない日常。

その日常を淡々と生きていける。

この町のどこかであの人は日々を生きている。ただ、その事実があるというだけで・・・。

だれしもが胸の奥に抱いている美しいけど切ない思い出。

人生って、こんな思い出の積み重ねによって形作られていくものなのかもしれませんね。


キャスト

サージャン:イルファーン・カーン
イラ:ニムラト・カウル
シャイク:ナワーズッディーン・シッディーキー

スタッフ

監督・脚本:リテーシュ・バトラ
製作:グニート・モンガー、アヌラーグ・カシャブ、アルン・ラングチャーリー
撮影:マイケル・シモンズ
編集:ジョン・ライオンズ
美術:シェルティ・グプテー
音響:マイケル・カチュマレック
音楽:マックス・リヒター

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