ダカールからフェリーで20分。沖合いに浮かぶ世界遺産の島「ゴレ島」【セネガル】

※前回の記事→ユッスー・ンドゥール!ダカールのクラブ・チョサンで観た白熱のライブ♪【セネガル】

「アフリカ」

日本とは一番関わりの薄い地域、未知の土地です。

そんなアフリカ(ブラックアフリカ)への初めての訪問。2003年に訪れたセネガルとマリをご紹介します。

今回は「ゴレ島」!

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のんびりとした島「ゴレ島」の風景です。

ゴレ島

ゴレ島フェリーから見たゴレ島の遠景

ダカールの港から船で20分、大西洋の沖合いに「ゴレ島」はあります。

「ゴレ島」は、東西300m、南北900mの大きさしかない小さな島。この島は、かつて奴隷貿易の拠点だったという歴史があり、その理由から世界遺産にも登録されています。

紺碧の大西洋をしばらく進むと、見えてくる小ぢんまりとした島影。

「ゴレ島」です。

ゴレ島

ゴレ島の船着場

ゴレ島ゴレ島の船着場

ゴレ島ゴレ島、白砂の海岸

港は往復するダカールからのフェリーと、小さな釣り船しかいないような小さな港。

港の周囲にはパステルカラーの家並みが見えます。

この島は、15世紀にポルトガル人がヨーロッパ人としては最初に訪れ、17世紀にオランダに占拠され、その後、フランスによって19世紀まで植民地支配されました。

ゴレ島パステルカラーのゴレ島の路地

ゴレ島ゴレ島の路地風景

ゴレ島青い大西洋を眺める

島にはフランス風のパステルカラーの家並みが並んでいます。

現在では、芸術家や作家などが多く住んでいるのだそうです。

ゴレ島サッカーをする少年と赤いオート三輪

ゴレ島校庭でサッカーをする子供たち

ゴレ島洗濯物が干されてます

島はのんびりとしています。

島の中心には、小学校があって、子供たちがサッカーをしていました。

フランスワールドカップでセネガル代表が活躍しましたが、ここ「ゴレ島」でもサッカーが大人気!

ゴレ島立派なバオバブの木

島には立派なバオバブの木がいくつも生えていました。

日差しがとても強く、目が眩しいです。

ゴレ島アフリカらしい、ビーズのアクセサリーを売るお店

ゴレ島お土産やさん

ゴレ島動物の木彫り屋さん

ゴレ島アフリカの太鼓、ジャンベを作る

ゴレ島ゴレ島の高台から海を望みます

ゴレ島は、小さいながら起伏のある島です。

島の高台にはフランス統治時代の要塞があって、そこからの眺めはとても気持ちいいです。

紺碧の大西洋と、遠くにダカールのビル群が見えます。

要塞は観光名所になっており、そこへの途中には、ビーズのアクセサリーを売る店や、アフリカの太鼓「ジャンベ」を売る店、木彫りの動物を売る店、アフリカの絵画を売る店などがあります。

ゴレ島ド派手な格好をした人が現れました!

島をぶらぶら歩いていると、すごい派手な格好をした人に声を掛けられました。

彼は名前を「マサール」と言いました。画家だそうです。

見かけ、とても暑そうな格好ですが、風通しがよい服なのか、そうでもないようです。

ダカールには、日本人の旅行者は珍しいので、かなり興味を持たれていろいろ話しかけてきました。

カタコトのフランス語と英語のちゃんぽんでの会話です。

ゴレ島ポーズをとるマサール氏

マサールは、指で輪っかを作るのがお気に入り。

このポーズには宗教的な意味合いがあるようで、私も何度か彼にやらされました。

このポーズをとると、マサール、すごく嬉しそうにします!

ゴレ島路地に佇むマサール氏

結局、島にいる間、マサール氏とずっと一緒に歩き回りました。

奴隷の積み出し港とか、昼食のレストランとかいろいろ案内してくれました。

歩いていると島の人と幾度となくすれ違いましたが、みんな彼の知り合いみたいでした。

小さな島なので、みんな知り合いなのかもしれませんね。

マサール氏、最初、ガイドなのかなと思ったのですが、最後に別れる時になっても、特にお金を請求してきたりはしませんでした。

単に日本人が珍しかったみたいです。

ゴレ島紺碧の大西洋に囲まれた「ゴレ島」

のんびりとした「ゴレ島」

ほんの数時間の滞在でしたが、派手なマサール氏のおかげで、思い出深い滞在となりました!

メルシー!

※次の記事→黒人奴隷の積み出し港だった島「ゴレ島」(アフリカ黒人の悲劇の歴史)【セネガル】

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