インドの「洗礼」(はじめてのインド:1994年2月)【インド】

インド バラナシ ガンジス川 朝

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インド到着

夕焼けが窓から見える。

真っ暗な大地に点在するオレンジ色の仄かな灯り、無気味にも思える異国の闇。

それが徐々に近づいてくる。

現地時間午後7時頃、エア・インディア301便は、デリー、インディラ・ガンディー国際空港にドタン!と着陸した。

夢にまで見た国、インド。

私と友人はついにその地へと降り立ったのである。

ジャイプル

タラップを降り、空港のビルに入る。

薄汚れた建物、気だるい空気。

独特の匂いがする。

いろんな物が混ぜ合わさったような、何とも表現し難い微妙な匂いだ。

これがインドの匂いなのだろうか。

インドでは様々な「洗礼」が待っているのだという。

いわゆるカルチャーショックというやつである。

日本とは文化も考え方もまったく違う異国。それも「インド」である。

ありとあらゆるところで違いを目にすることだろう。

私はある程度の覚悟をしていた。

インド、デリー

入国

入国カウンターの前には長蛇の列が出来ていた。

私たちはその列の最後尾に並ぶ。

周りを見ると当然のことだがインド人だらけだ。そして、外国人の姿もちらほらとあった。

トイレに行った友人が戻ってきた。

彼が苦笑いしながら言う。

「手を洗おうとしたら勝手に蛇口を捻られたよ。それでマネー!だってよ。マジかよって思ったよ」

トイレの掃除夫かなんかに金を請求されたのだろう。さっそく「洗礼」を受けたようだ。

私の順番になった。

「日本人か?」

浅黒い顔の無表情な係員が言う。

「イエス!」

「インド入国の目的は?」

「サイトシーイング!」

係員の男は私の顔とパスポートの写真をちらちらと見比べる。

そして、おもむろに入国スタンプを、ダン!と押した。

しかし、その後がびっくりとさせられた。

彼は、私のパスポートをものすごい勢いでカウンターの上に「バシン!」と叩きつけてよこしたのである。

唖然として彼の顔を見つめてしまう私……。

しかし、彼の目は既に次の入国者へと向けられていた。

別に怒っているというわけでもなさそうだ。

ああ、これもインドの「洗礼」というものなのかもしれないな、と私は思った。

日本でこんな態度を取られることはない。けれども、ここインドでは別段おかしなことでもないのかもしれないのだ。

インド、デリー

アショカツアーズ

ターンテーブルで荷物を受け取り外に出ていこうとすると、目の前に戦慄するような光景が現れた。

鉄柵越しから、無数のインド人たちがこちらを凝視しているのだ!

無言で佇む黒い顔の群れ。ギラギラとした白目、その真ん中にある黒い瞳が我々の姿を容赦なく射尽している。

近づいていくとその群れの中の数人が何やら口々に叫び始めた。

「タクシー!タクシー!」「ジャーパニー!カムヒア!」

客引きである。

「恐ぇ~な」 友人が呟く。

その群れの中から2人のインド人が近づいてきた。

手にはプラカードを持っている。書かれている文字は、なんと日本語だ。

「アショカツアーズ」。私と友人の名前も書かれている。

「助かった」 と我々は思った。

「アショカツアーズ」。今回我々が日本で手配した旅行会社である。

お互い初めての海外旅行であり、しかも行き先がインドということもあったため、何の当てもなく現地に向かうのはさすがに不安だったのだ。

そこで、我々は行き帰りの航空券、途中の足となる列車や国内線の予約、最初の2日間のホテルの手配を事前に済ませることにしたのである。

これは大正解だった。

穏やかな表情の2人のインド人は、我々を見るや否や、

「いらっしゃい。ようこそマイ・カントリー、インディアへ!」

と言いながら、花で出来た首飾りを我々に掛けてくれた。

感激である。

そして、「疲れたでしょう?今日はホテルでゆっくりと休んでください」などとフレンドリーに話し掛けてくれたのだ。

彼らの対応が、強張っていた我々の心をずいぶんと解きほぐしてくれたことは言うまでもない。

彼らに付いて空港を出る。

すると、傍らに白い車が停まっているのが見えた。

インド国産、アンバサダーの車体だ。

彼らは、バクン!と車の扉を開け、「どうぞ!」と我々をエスコートしてくれた。

インド、デリー

物乞い

真っ暗なインドの闇をボロいアンバサダーが走ってゆく。

すれ違うボロバスやリキシャの群れ、オレンジ色の街灯が不気味に光っている。

インドの夜は暗かった。

「洗礼」は次々に訪れる。

赤信号で停車した時のことだった。不意に、友人の側の窓が「ガンガンガンガン!」とすごい勢いで叩かれた。

見ると汚い身なりをした男がこちらを見つめながら手を差し出している。

物乞いだ!

その鬼気迫るような姿にびっくり仰天する我々。

友人がぽつりと言う。

「洒落になんないくらい恐いんだけど……」

いよいよ恐れおののいてきた。

インド、デリー

土産物の売り込み

我々の泊まる「ホテル・ジャンパト」はニューデリー新市街に位置する中級ホテルだ。

所々薄汚れてはいるが、部屋は広く、でっかいツインベッドのシーツはまっさらで気持ちがよかった。

テレビや電話も備え付けられており、クーラーがあり、バスタブとホットシャワーの出る浴室もあった。

我々は部屋に荷物を置くとロビーに降り、案内人の2人と今後の予定の確認と処々の手続きを行った。

まず、既に日本で予約済みの列車と国内線のチケットを受け取った。

そして、明日、デリー1日ツアーをすることを彼らから勧められ、その予約をした。

このツアーとは、車を1台チャーターして、デリーの主な見所を周るというものである。

ホテルの受付で両替もしたし、インドについての注意点もいろいろと教わった。

話を終え、彼らと別れた私と友人。長旅のせいもあるが、結構疲れた。

そこで、寝る前にチャイでも1杯飲もうということになった。

ホテルの1階にはカフェが併設されている。我々はそこへ向かって歩いていった。

しかし、インドの「洗礼」は、我々を少しも休ませてはくれないようだ。

途中、何軒か並んでいる土産物屋の前を通った。

店の前には大勢の客引きたちが屯しているが、そこを通らなければカフェに行けないのである。

私は何となく嫌な予感がした。

彼らの脇をそっと通ろうとしたその時(いや、店の前にさしかかるかなり手前から)、彼らは我々の姿を目敏く発見したのである。

どぎついギョロ目をした大勢の男たちが、何やら大声で叫びながらわらわらと近づいてくる。

土産物の売り込みである。

我々は度肝を抜かれた!

しかも、彼らは遠慮を知らない。

そのうち我々の手を引っつかみ、店に連れ込もうとし始めたのである!

まるで、ゾンビ映画のようなその状況。

我々は彼らの手を振り払いつつ何とか難を逃れたのだが、私と友人は心底恐々としてしまった。

これが普通なのだろうか。そうだとしたらインドというところはなんて恐ろしい所なんだろう。私はそう思った。

インド マトゥラー

カフェでチャイを啜りながら友人が呟く。

「すげえ恐いよ~。もう日本に帰りたくなってきた」

意気消沈する友人。私も内心、恐々とした気分だった。

しかし、友人を無理矢理インドに連れ出したという立場上、私は恐れおののいているわけにはいかなかった。

「大丈夫だよ。結構面白いじゃん。明日、街を周れば楽しくなってくるって」

私はそう強がって友人を奮い立たせようとした。

しかし、一旦強がってしまうと意外なことに私は何だか興奮し始めてきた。

これから一体何が起こるのだろうか。予想もつかないこの「インド」。それを克服するというのもなかなか面白いことなんじゃあないか。

そう思い始めてきたのである。

私はぞくぞくとした期待と不安を感じ、今まで経験したことがないほど胸を躍らせ始めていた。

インド、デリー

バスルームにて

ホテルの部屋はかなりゆったりとしており、我々はインドのテレビを見たり、日記をつけたりしながらまったりと過ごすことができた。

ようやく友人も落ち着いた様子である。

しかし、インドはどこまでも我々を安穏とはさせてくれない。

インドは甘かないのである。

ベッドに寝転び、インドのアホらしい番組を見てにやにやと笑っていると、バスルームから友人の声が聴こえてきた。

「おい!バスタブにゴキブリがいるぞ!」

すぐにベッドから飛び起き、バスルームへと向かう。

すると、そこには、びっくりするような特大のゴキブリがカサカサと蠢いていたのである!

もういい加減うんざりといった表情の友人。

無理に連れてきた友人に対し、ちょっと悪いことをしてしまったかな、とこの時思った。

とにかく我々はそのあまりに巨大なゴキブリを始末した。

そして、やけにぬるいシャワーを浴びた後、蒲団にくるまり、いつの間にか眠りに落ちていったのである。

それぞれ、期待と不安を胸に抱きながら……。

旅行時期:1994年2月

※次の記事→そして私はインド病に罹患した(はじめてのインド:1994年2月)【インド】

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