クルド人の住むトルコの最果て、ドゥバヤジットとイサク・パシャ宮殿【トルコ】

※前回の記事→黒海沿いの「トラブゾン」と高地にある「エルズルム」、アナトリアをバスで旅する【トルコ】

「トルコ」(Turkey)

アジアとヨーロッパの狭間にある国「トルコ」。

トルコには、ギリシャ・ローマ時代の遺跡とオスマン帝国時代のジャーミィや街並みが混在し、文化的にも政治的にも東洋と西洋が混じり合った、世界に2つとない国です。

アジアとヨーロッパを繋ぐ町「イスタンブール」と、アナトリアの町や遺跡を巡ります。

今回は、ドゥバヤジットです!

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ドゥバヤジットとイサク・パシャ宮殿


トルコ ドゥバヤズットドゥバヤジットの風景

トルコ東部、イラン国境から約35Kmの場所に「ドゥバヤジット」はあります。

この町はノアの箱船伝説で有名な「アララット山」(5137m)の麓の町。

町の周囲は荒涼とした風景が広がっています。

トルコ ドゥバヤズットイサク・パシャ宮殿

ドゥバヤジットの町の郊外にある「イサク・パシャ宮殿」です。

17世紀、この地域を治めたクルド人の知事イサク・パシャによって建造されました。

私は町から5キロあるここへ歩いて行ったのですが、途中、宮殿の方へと向かう車が私を乗せてくれました。

彼らは自らをクルド人であると語りました。

トルコ ドゥバヤズットピクニック中のクルド人親子

イサク・パシャ宮殿の近くではクルド人の家族がピクニックをしていました。

左の可愛らしい子供もあと20年も経てば右の髭オヤジになってしまいます。

彼らは私にスイカとマスカットをご馳走してくれました。

もちろん彼らも生粋のクルド人だそうです。

クルド人は、自らの国を持たない世界最大の民族と言われます。

トルコ、イラン、イラク、シリアを中心に2500万~3000万の人口を持つクルド人は、民族的にはインド・ヨーロッパ語族であり、独自の言語、クルド語を話します。

トルコ ドゥバヤズット岩山の山肌に茶色や白の小さな点々が見えます。 ゆっくりと移動しているその姿。

トルコ ドゥバヤズット羊でした! 疎らに生えた草を一生懸命食べています。

トルコ ドゥバヤズット

羊飼いの少年です。素朴なズボンがいい味出してますね。

クルド人の多くは牧畜を生業としています。彼らは本来遊牧民であり、定住し始めたのは最近のことなのだそうです。

トルコ ドゥバヤズット

少年が羊たちを誘導し、岩山の向こうに去っていきます。

メェェ、メェェと羊たちの声がいつまでも岩山に響き渡っていました。

トルコ ドゥバヤズット

イサク・パシャ宮殿の近くにいた子供たち。

私たちが歩いているのを見つけると、一目散に駆け寄ってきました!

だけど、近くに来てもはにかみながら見ているだけ。

とってもシャイなんです。

トルコ ドゥバヤズット

帰り道、歩いていると、馬を連れた少年たちに出会いました。

かれらは、途中まで馬に乗せてくれました。

特にお金を請求することもなく、好意で乗せてくれたのでした。

ほんと、素朴です。

トルコ ドゥバヤズットイラン国境へ

ドゥバヤジットを訪れた後、私はイランへと向かいました。

イランビザはエルズルムの町で取得していました。

ドゥバヤジットから、ノアの箱舟が漂着したというアララト山を左手に望み、ドルムシュ(ライトバンのバス)で走ること20分、大型トレーラーの連なる国境に到着しました。

スタンプを押して、外貨の申告をします。荷物はノーチェック。

ここの国境事務所には、部屋の真ん中にラインが引かれ、トルコの受付とイランの受付が向かい合う形になっています。

トルコ側には、国父ケマル・アタチュルクの肖像画、イラン側には、アヤトラ・ホメイニの肖像画が掲げられていました。

国境を越えた私は、まず近場の街、バザルガンへヒッチし、そこからタクシーでマクーという町まで行きました。マクーからは、イラン西部の大きな町、タブリーズ行きのバスに乗りました。