中世ゴシック建築の傑作「シャルトル大聖堂」を見る(世界遺産)【フランス・シャルトル】

フランス、シャルトル

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中世ゴシック建築の傑作「シャルトル大聖堂」

フランス中部ロワール県。

パリ、モンパルナス駅から急行に乗り、50分ほど南西へ進んだ、黄緑色の麦畑が広がるボース平原のただ中に、ひときわ目立つ大聖堂が立っています。

中世ゴシック建築の傑作といわれる聖堂「シャルトル大聖堂」です。

「シャルトル大聖堂」は、身廊(主祭壇に向かう中央通路)の高さが36m、聳え立つ尖塔は105mにも及んでいるのだとのこと。

街一番の高さです。

ちなみに、「シャルトル大聖堂」の聖堂そのものは紀元1世紀から存在しているらしいのですが、現在ある姿に建て替えられたのは1260年のことだそうです。

フランス、シャルトル

「シャルトル大聖堂」の西正面に辿り着きました。

正面の入り口に立つ2本の尖塔の左側はゴシック様式、右側はロマネスク様式で造られていて、造形も高さも全然違っています。

けれども、そのアンバランスな形が絶妙なリズムを作り出していて、「シャルトル大聖堂」の西正面をより美しく見せていました。

上昇感が強調された、見上げるような高さの礼拝堂

フランス、シャルトル

大聖堂に近づいていくと、精緻な彫刻に埋め尽くされたアーチが見えてきます。

大聖堂には西と南と北の3つの門がありますが、門はたいてい数々の彫刻で埋め尽くされています。

「シャルトル大聖堂」の西正面の門には「最後の審判」の彫刻や、ペトロやヨハネなどの聖者の姿の彫刻などがいくつも刻まれていました。

人々は、聖堂の内部に入る前にこれらの聖書の物語を目にすることになるのです。

さてさて、彫刻の数々を眺めながら西正面の門をくぐり、大聖堂の中に入ります。

フランス、シャルトル

大聖堂の中は、ステンドグラスの光と仄かな蝋燭の灯りしかない、かなり薄暗い空間になっています。

広大な身廊と見上げるような高さの天井。

グレゴリオ聖歌がどこからか聴こえてきそうな気がする神秘的で荘厳な空間です。

身廊を真っ直ぐ東へ。

壁面を埋め尽くすステンドグラスや、遥か上空に見える屋根の梁を見上げながら主祭壇に向かって歩き始めます。

天井の高さは36mですが、見た目では実際よりも高いように感じられます。

それは、柱を細くしたり、柱に細い飾り柱をいくつも付けたりしているため、上昇感が視覚的に強調されて見えるせいです。

天上にいる神の方に視線を向かわせる製作者の意図が感じられます。

けれども、ずっと上を見ていたため、首が痛くなってきてしまいました。

一旦、椅子に座って落ち着くことにしましょう。

椅子に座って聖堂内部の空間を眺めると、やっぱりステンドグラスの光が目を引きます。

フランス、シャルトル

「シャルトル大聖堂」はステンドグラスが美しいことで有名です。

「シャルトル大聖堂」のステンドグラスには、「シャルトル・ブルー」と呼ばれる澄んだコバルトブルー色のガラスが使われていて、実に鮮やか。

ステンドグラスには様々な図像が描かれていますが、その題材は入り口の彫刻群と同じように聖書の物語です。

中世の人々にキリスト教の教えを伝えた、色鮮やかなステンドグラス

フランス、シャルトル

西正面の裏側には巨大なバラ窓(円形の、バラが花を咲かせたようなステンドグラス)があり、その下に3枚のステンドグラスが並んでいます。

右端の窓は『エッサイの樹』(写真)。これは横たわるエッサイの体から樹が生え、その上にキリストの先祖の系譜が連なり、頂上にキリストが描かれるという図像です。

その隣には『イエスの生涯』。そして、一番左端には『受難、復活』のステンドグラスがあります。

そこから壁に沿って、様々な聖人たちの物語が描かれた無数のステンドグラスが隙間なく並び、大聖堂をぐるりと取り囲んでいます。

これらのステンドグラスを見れば、キリスト教の教えがひと目でわかるようになっています。

人々はステンドグラスの図像により、聖書の物語を効率良く学ぶことが出来るのです。

恐らく、印刷技術もない中世の昔、人々は聖書など読んだこともなかったのでしょう。

それに字を読むことの出来る人もほとんどいなかったに違いありません。イエスの教えを知る方法は神父からの説教を聞くしかありませんでした。

けれども、この聖堂に来れば、説教を聞かずともイエスの教えを知ることが出来ます。

いつだって、そして、子供だってイエスの教えを自由に学べるのです。

もうひとつ、大きなステンドグラスの一番下の狭い部分に、面白いステンドグラスを見つけました。

そこには肉屋が肉を切っていたり、靴屋が靴を作っていたり、蹄鉄業者が馬に蹄鉄を嵌めていたり、といった庶民的な絵が描かれていました。

これは、実は聖堂への寄進者を表した図像なのだそうで、ここに描かれた肉屋や靴屋や蹄鉄業者たち、もしくはそのギルドがそのステンドグラスを寄進した。ということを表したものであるそうです。

この「シャルトル大聖堂」の正式名称は『ノートル・ダム・ド・シャルトル(我等の聖母教会)』と言い、その名の通りこの聖堂は聖母マリアに捧げられたものです。

かつてこの地は、キリスト教が侵入する前の宗教「ドルイド教」の聖地でした。

「ドルイド教」は、森や石など自然を神とするケルト人の宗教で、シャルトルの民衆は元来そういったものを信じていたのだそうです。

彼らにとってキリスト教は、あまり馴染みがなく、そう簡単に受け容れられるものではなかったに違いありません。

しかし、キリスト教の修道僧たちは、キリストの母である聖母マリアとドルイド教の地母神崇拝を結びつけたのです。

アダムとイヴの原罪や十字架に掛けられたキリストの贖罪などといった抽象的でわかりにくい教えよりも、大地を肥えさせ、豊かな作物をもたらしてくれる地母神としての聖母マリアならば人々にキリスト教というものを信仰させることができる。

修道僧たちはそう考えたのだと思います。

1194年、「シャルトル大聖堂」は落雷により西正門を除いて灰になりました。

けれども、この頃既に、地母神としての聖母マリア信仰は民衆に深く浸透していたのでしょう。

地元のベネディクト会修道院が大聖堂の復興を呼び掛けると、民衆は先を争うように復興に協力するようになりました。

老いも若きも、貧しい者も豊かな者も、石を運び積み上げ、資金や物資を提供し、ステンドグラスや彫像を寄進しました。

「シャルトル大聖堂」のステンドグラス下部に描かれた肉屋や靴屋や蹄鉄業者も、そういった信心深い寄進者たちのひとりなのです。

巨大な大聖堂を支える仕組み「飛梁」と「控壁」

フランス、シャルトル

フランス、シャルトル

大聖堂西正面の左側にある鐘塔に登ってみます。

105mの頂上に上がると、そこからはシャルトルの小ぢんまりとした街並み、その向こうに延々と広がるボース平原がぐるりと見渡せます。

上空から見ると、「シャルトル大聖堂」は他の多くの聖堂がそうであるように十字型(十字に掛けられたキリストの姿)をしていました。

フランス、シャルトル

上から眺めた大聖堂の姿はちょっとグロテスクな形に見えます。

建物の脇に蜘蛛の足のように伸びた、「飛梁」(フライング・バットレス)と「控壁」(バットレス)の存在がグロテスクに見える原因です(写真)。

この「飛梁」と「控壁」は大聖堂の構造を支えるのになくてはならない仕組み。

異常な高さを持った建物の重みを、内部に太い柱をいくつも立てるのではなく、壁面からアーチ状に飛び出た「飛梁」と支柱となる「控壁」で支えます。そのため、内部の柱は比較的細くて済み、壁面には巨大なステンドグラスの孔を穿つことが出来るのです。

とても理に適った仕組みなのですが、外観は巨大な骸のような不気味な姿に見えてしまいます。

八百万の神からキリストの一神教へ

フランス、シャルトル

屋根の上から聖堂を見下ろすと、所々に魔物が見えます。

「ガーゴイル」です。

悪魔そのものといったような風貌の「ガーゴイル」ですが、大聖堂にはこの「ガーゴイル」に限らず、柱頭に、天井アーチの交差部に、西正面の側柱に、いたる所に魔物の姿があります。

これらの魔物たちは、魔除けや建物の守護を意味するものであるそうです。例えば、「ガーゴイル」は口から悪霊を聖堂の外へ向かって吐き出すという浄化の意味合いを持つものであると考えられています。

中世の当時、人々のキリスト教への信仰は表面的だったようです。 長い間培われたケルトやゲルマンの自然や精霊への信仰をそんな簡単には捨て去れるものではなかったのでしょう。

大聖堂に集う魔物たちも、当時の民衆たちにとっては数ある大地の精霊たちのひとつであり、聖母マリアが地母神として崇拝されたのと同じように、大事な神様のひとつであったに違いありません。

私はニョキニョキと突き出た「ガーゴイル」の姿を見ながら思いました。

ヨーロッパも昔は日本と同じような考え方を持っていたんだなと。

日本にも古くから様々な魔物や八百万の神がいます。屋根の上には「ガーゴイル」ならぬ鬼瓦があるし、お稲荷さまやお犬様、河童や天狗もいます。

それらはおどろおどろしい化け物でもありますが、ときに人間を守る神様ともなるのです。そして、妙に人間に近しい、人々の傍らに潜む隣人のような存在でもあります。

そんな古の日本の世界。それは妖精や魔物たちの棲んでいた中世ヨーロッパの世界とそのまま置き換えても大した違いはないのかもしれません。

中世ヨーロッパの民衆は、古の日本と同じく、山を敬い、森を畏れ、大地を愛し、八百万の精霊を信じる人々だったのです。

フランス、シャルトル

鐘塔を降り再び大聖堂の礼拝堂の中に足を踏み入れます。

暗闇の堂内にはちらほらと地元の信者が祈りを捧げているのが見えます。

キリスト教以前からの地母神を信仰していた中世のシャルトルの人々。

彼らをキリスト教に感化させるために修道院が作り出した、地母神としての聖母マリア信仰。

人々にキリスト教の教えをダイレクトに伝えるために生み出した、色とりどりのステンドグラスや彫像。

そして、天にある神の国を人々に想起させるために作り出した、大聖堂の圧倒的な高さと上昇感。

中世の修道僧たちは、あらゆる工夫をして、人々にキリストの教えを浸透させようとしたのです。

「シャルトル大聖堂」の礼拝堂の暗闇の中で、ステンドグラスの鮮やかな光と、祈りを捧げる人々の姿を眺めながら、そんな信仰の力の凄さに感嘆してしまいました。

旅行時期:1996年6月

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