ブハラの見逃せない遺構の数々をぶらぶら鑑賞【ウズベキスタン】

旧市街周辺にある歴史的遺構(廟やモスクなど)をぶらぶら散歩します。

ブハラ(Bukhara・Buxoro・Бухара́)旧市街から徒歩圏内には、たくさんの見所が散在しています。

周辺の街の風情を味わいながら、それらの遺構を見て回るのも楽しいものです。

※前回の記事→ブハラの交差点バザール「タキ」でお買い物【ウズベキスタン】

アルク城【ウズベキスタン(ブハラ)】

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ブハラ発祥の地に建つハンの居城「アルク城」

タキ・ザルガロンを抜け、カラーン・モスクやミル・アラブ・メドレセを左手に眺めながら西へ進むと、でっかい砂色の城壁が右側に見えてきます。

歴代のブハラ・ハンが住んでいたという「アルク城」です。

この場所、ブハラ発祥の地だそうで、その歴史は2000年以上前に遡るのだとのこと。

かのモンゴル帝国の支配者、チンギス・ハーンもこの城に攻め込んだようで、その際には、城内に立てこもった多くの町民が虐殺されたといわれています。

アルク城は、幾度となく破壊と再建が繰り返されており、現在ある城は18世紀に建てられたものであるとのこと。

アルク城【ウズベキスタン(ブハラ)】

アルク城の前には、レギスタン広場があります。

この広場では、ハンに反抗した人々を見せしめに斬首したり、鎖につないだ囚人を晒し者にしたりといったことが行われていたそうです。

歴代のハン、かなり残虐な人たちだったようです。

ところでこの広場、遮るものがないため、とっても暑い。

訪問したのは5月だったのですが、日差しが強烈で目がチカチカしてくるほどでした。

城内は4ヘクタールもの広さがあり、内部にはモスクや謁見の間、ハンの居室などが残されているそうですが、あいにく訪れた時は工事中であるとのことで、中に入ることはできませんでした。

残念・・・

バラハウズ・モスク【ウズベキスタン(ブハラ)】

池に映った柱が見事な「バラハウズ・モスク」

アルク城からさらに西に進むと、「バラハウズ・モスク」があります。

このモスク、その佇まいがとても魅力的。

モスクの前面はテラス状になっており、クルミ材で作られた20本の柱が並んでいます。

柱には彫刻が施されており、天井や壁面はカラフルに彩られています。

その20本の柱がモスクの前にある池に映るさま・・・

落ち着きます。豊かな気分になれますバラハウズ・モスク!

バラハウズ・モスク【ウズベキスタン(ブハラ)】

バラハウズ・モスク【ウズベキスタン(ブハラ)】

バラハウズ・モスクは1712年の創建。

ハン専用のモスクで、祝いの日、ハンはアルク城から絨毯の上を歩いてここまで来たといわれます。

きっと、歴代のハンたちにとっても、このモスクは特別な場所だったんでしょうね。

バラハウズ・モスクには真鍮のお皿を売る店とその工房がありました。

カンカンカンカン・・・

とお皿に模様を彫り込む青年。

静かなモスクに、その音だけが延々と響き渡っていました。

預言者ヨブの泉、チャシュマ・アイユブ【ウズベキスタン(ブハラ)】

眼病に効くと言われる泉が湧きでる「チャシュマ・アイユブ」

バラハウズ・モスクから、さらにさらに西へ進むと「チャシュマ・アイユブ」が見えてきます。

「チャシュマ」は泉、「アイユブ」は旧約聖書に出てくる預言者ヨブのことだそうです。

人々が水不足で苦しんでいたとき、預言者ヨブがここを杖で叩いたら泉が湧き出たという伝説があります。

泉が湧き出たのは12世紀のこと。建物自体も14世紀の創建で、とんがりドームと丸屋根ドーム、明かり窓のあるドームが並ぶ面白い形をしています。

泉で水汲みするウズベクの人たち【ウズベキスタン(ブハラ)】

湧き出す泉を飲むおばさんたち。

泉は現在でも湧き出しています。

この泉の水、かつて眼病に効くという噂が広まり、多くの人が水汲みに訪れたそうですが、疫病の流行が原因で水汲みは禁止されてしまったのだとのこと。

こんなに大勢おばさんばかり。

いったいどういう集団なんでしょうね。

イスマイール・サーマーニー廟【ウズベキスタン(ブハラ)】

中央アジア最古のイスラム建築「イスマイール・サーマーニー廟」

こちらの印象的な建物は「イスマイール・サーマーニー廟」

チャシュマ・アイユブからさらにさらに、またさらに西へ向かったところにあります。

この建物、中央アジア最古のイスラム建築だそうです。

造られたのは、892年から943年にかけてのこと。

9世紀に中央アジア西南部とイラン東部を支配したサーマーン朝の創始者、イスマイール・サーマーニーが父親のために建立した廟であると伝えられています。

材質はすべてレンガで造られており、レンガの組み方によって様々な模様が形作られています。

強い日差しがレンガの凹凸に陰影を与え、くっきりとしたコントラストを浮かび上がらせていました。

イスチロハット公園の遊園地【ウズベキスタン(ブハラ)】

ブハラ市民の憩いの場「イスチロハット公園」

イスマイール・サーマーニー廟は、「イスチロハット公園」の敷地の中にあります。

イスチロハット公園は、観覧車やら回転する遊具やらが並ぶ、ブハラ市民の憩いの場。

たくさんの子供たちが遊んでいました。

イスチロハット公園をぶらぶらしていると、二人組の少年がバック転を披露してくれました。

なかなかのバック転。見事な身体能力です!

その様子をデジカメで動画撮影し、見せてあげると少年たち大喜び!

バク転してくれた少年【ウズベキスタン(ブハラ)】

少年たち、実は遊園地の遊具を動かす係だったようです。

「ただで乗せてやるよ」

と言われ、遊具に乗ることになりましたー。

バク転少年達が乗り物に乗せてくれる【ウズベキスタン(ブハラ)】

これが、乗せてもらった遊具です!

高速でぐるぐる回転しながら上下動する乗り物。

日本の地方都市のしょぼい遊園地なんかによくある乗り物です。

「ブーッ!」

とブザーが鳴り、遊具が動き始めます。

回転のスピードは結構早く、かなりの高さまで激しく上下動したので、結構怖かったです。

大の大人がウズベクくんだりまで来て、何やってんだろ・・・

って気がしないでもなかったですが、乗り物から降りたとき、少年たちが、

「どうだった?」

と聞くので一応、

「Good!」

と言っておきました。

イスチロハット公園の遊園地にて【ウズベキスタン(ブハラ)】

イスチロハット公園の遊園地【ウズベキスタン(ブハラ)】

イスチロハット公園には、様々な遊具がありました。

どれも素朴な遊具。

だけど、ウズベク子供たち、楽しそうにキャーキャー言っていました!

アブドゥーラ・ハン・メドレセ【ウズベキスタン(ブハラ)】

普通だけど静か〜なメドレセ「アブドゥーラ・ハン・メドレセ」

イスチロハット公園の南には、アブドゥーラ・ハン・メドレセとモダリ・ハン・メドレセが並んで建っています。

写真は、アブドゥーラ・ハン・メドレセ。

大した特色もない普通のメドレセですが、観光客が全くおらず、静か〜な空間であるのがよかったです。

アブドゥーラ・ハン・メドレセ【ウズベキスタン(ブハラ)】

木陰の雰囲気の良いチャイハナでひと休み

アルク城前のチャイハネでチャイを飲む【ウズベキスタン(ブハラ)】

暑い日差しの中、結構歩き回ったのでくたくたです。

アルク城の向かいの緑地帯にあるチャイハナでひと休みしましょうー。

のんびりとした雰囲気の良い、木陰のチャイハナ。

ポットで出てきたチャイがうまい!

癒されます。

日本センター【ウズベキスタン(ブハラ)】

日本センター【ウズベキスタン(ブハラ)】

こちらは日本センター。

日本語を話せるブハラの学生たちとお話ししてみようと思ったのですが、館内にはほとんど人がいませんでした。

センターの壁には、日本語を学習した学生たちの感想や、日本留学の案内のチラシが貼ってありました。

4本のミナレット「チョル・ミナル」

チョル・ミナル【ウズベキスタン(ブハラ)】

旧市街を東にず〜っと向かうと、「チョル・ミナル」が見えてきます。

「チョル・ミナル」とは、「4本のミナレット」という意味です。そのまんまです。

創建は1807年。もともとは、メドレセの門番小屋として建てられたそうですが、メドレセそのものは既に無くなっています。

チョル・ミナル【ウズベキスタン(ブハラ)】

ミナレットは登ることができ、内部には土産物屋がありました。

チョル・ミナル。

4本のミナレットの頭に載ったトルコブルーのドームが印象的な、フォトジェニックな建物です。

路地裏に居たブハラ少女たち【ウズベキスタン(ブハラ)】

チョル・ミナルへと向かう路地にいた少女たち。

みんなエプロンっぽいのを着ています。

制服でしょうか?

ぶらぶら散歩ルート

タキ・ザルガロン → アルク城 → バラハウズ・モスク → チャシュマ・アイユブ →

イスマイール・サーマーニー廟 → イスチロハット公園 → アブドゥーラ・ハン・メドレセ →

アルク城前のチャイハナ → 日本センター → チョル・ミナル

※次の記事→陶器の町ギジュドゥヴァン。アブドゥッロの工房を訪ねる【ウズベキスタン】